第14話 獣族は本能を優先させる


 それなのに……


(あ、あら……お可愛いらしい方……)


 最初、部屋に入ったレナジーラはそこにいる珍しい人物に目を見張った。

 社交界で黒の貴公子と異名を持ち、妙齢の令嬢からの熱い眼差しを欲しいままにした──オフィールオ・ゼレイトンが鎮座していたからだ。


 けれどすげのないその態度に近寄れる令嬢はおらず……結局、自分は腹芸が出来ないからと、それとなく貴族を貶め侯爵位を姉夫婦に譲った彼は、社交界から姿を消した。


 そんなオフィールオが隣に座る令嬢の手を握り、相変わらず気難しい顔つきで目の前の兄に厳しい目を向けている。

 手を握られた令嬢は真っ赤になって俯いていたが、レナジーラの入室に気付き急いで立ち上がり礼をとった。


 帝国の最敬礼。

 王太子妃の自分には正しい礼の仕方であるが、カーフィ国の人間が知っているとも思えなかったので驚いた。

 同時に内心で舌を巻く。

 恐らくこの令嬢はレナジーナの身分を初見で看破したのだ。

(宰相であるお兄様の応接室に乗り込むわたくしを、正確に何者か知った……)

 

「レナ? 何故ここに?」

 驚いた顔の兄を無視し、その隣に腰掛ける。

 兄とは十三歳も離れている。

 兄弟といよりも、父のような頼もしさと大らかさを感じてきた。

 それでもこの職を全うする以上、それだけでは無い。


「失礼、リリーシア嬢。彼女は私の妹で王太子妃のレナジーラだ」

「帝国の次期太陽が花、レナジーラ・フェンダ・オールディ殿下にご挨拶致します」


 兄の説明に続き、綺麗な所作でカーテシーをとるリリーシアに、レナジーラは鷹揚に頷いた。

「どうぞおかけ下さいな」


(……尾羽がムズムズするわ)


 ちらりと兄に視線を向けると、悪戯っぽい眼差しが返ってきた。兄も思うところがあるのだろう。

 自分たちは鳥類の獣族だ。

 ……実は綺麗なものに引かれる習性を持っている。


「ゼレイトン様にお世話になっております、リリーシアと申します。……突然の訪問にも関わらずお時間を頂きありがとうございます」


 綺麗な銀糸の髪はキラキラと……澄んだ瞳は透き通るように美しい。東洋で美を表す、雪月花という言葉がレナジーラの頭を掠めた。


(何て、眩い……)

 

「君が謝る必要はない。急に呼び出されたのはこちらの方だ。移住の手続きは当局に済ませてあるというのに、全く……」


 レナジーラのうっとりとした眼差しに割り込んだのは頭角獣族のオフィールオだ。彼らは頭角に魔力を宿しており、他者の機微に鋭い。

 人型である今、勿論お互いその箇所は隠れているが……

 彼らに気に入られたという事は、つまりリリーシアは内面も優れているのだろう。


 などと考えていると、彼の青い目がジロリとレナジーラを睨みつけた。

「……リリーシア嬢、彼ら鳥族は光り輝くものを収集する悪癖があるんだ。気をつけるように」

 その言葉にレナジーラはムッと頬を膨らませる。


「まあ、陰険な一角獣殿に言われたくありませんわ。あなたこそ異国からのお客人をご自分の好きな暗所に閉じ込めて不自由をさせているのではなくて?」


 静かな場所を好む彼らの中でも、彼は特に人気のない夜を好む。……そんな一人の特別な空間に彼女を連れ込んでいるのなら、その感情はもう疑いようはないのだけれど。


 オフィールオとバチバチとやっているとリリーシアがおずおずと声を掛けて来た。


「……あの、もしかして光り物は付けてこない方が良かったでしょうか? 最低限の礼儀として幾らかお借りしてきたのですが……」

 そう恐縮して抑える胸元にはオフィールオの瞳の青の宝石で作られた首飾りが輝いている。この男の気持ちを見せつけられたようで気分が悪いけれど。


「──あら別に、そういう訳ではございませんのよ?」


 ほほほと笑って誤魔化しておく。


(可愛いわ、この子……)


 人型の状態でも隠れた尾羽が期待に揺れているのを感じてしまう。

 そんなそわそわと落ち着かないレナジーラに、兄のウォルゼットが呆れたように溜息を吐いた。

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