第10話 リリーシアの決意


「まあ! あの子、あたしに似たんだわ! 綺麗な黒い毛並みだこと!」


「……そう、ですね」

 手を叩いて喜んでいるのは多分、この国でラーシャくらいだと思う。

 

 以前、アレクシオに追い詰められた泉で助けてくれたのが、このラーシャという女性だった。

 宿屋で目を覚まし、混乱し取り乱すリリーシアを、ラーシャは必死に宥め落ち着けてくれたのだ。

 今思い出すと恥ずかしく思う。


 あれから二週間。


 その期間でリリーシアはこの国が持つユニコーンへの誤解について聞いた。

 驚きに取り乱しそうになるリリーシアを平静に繋ぎ止めたのは、王城でリリーシアを診てくれていた医師──オフィールオ・ゼレイトンの存在だった。


『何故あなたがここに……?』

 驚くリリーシアに彼は深く頭を下げ、ゆっくりと語りだした。


 彼が獣族である事。種族の習性を。

 それらを黙っていた事を謝罪され、リリーシアは振り上げた拳の行き先と共に言葉を失った。


『黙っていてすまなかった』

 

 ゼレイトンの下がった頭を見つめながらリリーシアは両手をキツく握りしめる。

 だってもしオフィールオがユニコーンの生態について国に訴えたところで、その波紋が広がる事は決して無いのだ。この国の聖女はそれ程に神聖化されているのだから。


 そもそも取り扱い制限のある獣族の習性を、この国で詳しく語る事が果たして許されるのだろうか……きっと罪に問われるだけとなる。


 自分は事故に巻き込まれたのだ。責任の所在が明確にならないような大きな事故に。


『そう、なんですね……』

 涙ぐむリリーシアを励ましながら、オフィールオとラーシャはリリーシアを一生懸命看病してくれた。


 そうして自分たちの国に一緒に来ないかと誘われたのが三日前。了承したのが一日前。

 

 そんな中、彼らの目的であるラーシャの子──エミリオの成体化が、いよいよその兆しを見せたのだ。

 清明の泉に宿る魔力を利用して水鏡を作り出し、三人はその様子を固唾を飲んで見守っていた。


 そしてエミリオがアレクシオたちの婚姻式へと乗り込んで、会場を騒然とさせる場を目にする事となったのだ。

 

 水鏡を目にして、魔力というのはこんな便利な事が出来るのだなあと驚いたものの……神殿内で沸き起こっている混乱の方は、自分でも思いのほか冷静に傍観してしまった。


 そっと脇を押さえるが、あの時感じた熱や不快な手触りは無い。どうやったのかは分からないけれど、目覚めればあれは夢だったのかと錯覚するくらい、傷は跡形も無く消えている。


 そしてもう自分には、この国のどこにも居場所がない事も知っている。

 例え聖女の伝承を覆せたとしても、今まで親しかった彼らから切り捨てられたリリーシアの心がもう戻る事はない。

 だからもういいのだ。

 

 生まれ育った国を出て行く。


 そう決意して、ラーシャとオフィールオと共にラーシャの子供──エミリオの成長を見守っていた。


 エミリオは国全体が喜びに揺れる力を元に、魔力を高め故郷へ飛び立つ力を得る。目論見通り、彼は無事に旅立って行った。


 そして婚姻式の会場では、リリーシアが魔女だ呪術だと罵られた眼差しが、今はエアラへと向けられている。

 しかも何故か彼女はそのユニコーンと同じ色彩の、黒髪と赤い瞳を宿して……

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