第09話 エアラの変質


 やがて司祭が正式に婚約を承認とする、神殿に備えられていた鐘が大きな音を立てて鳴った。

 神殿内に座す貴族たちの祝福と喜びの声に応えていると、会場内からざわざわとした漣が届いてくる。

 するとどこから来たのかユニコーンがゆっくりとエアラに向かって歩いてきた。


「あ! 来てくれたのね。キャロライン!」

 キャロラインとはユニコーンの名前である。由来はエアラのお気に入りの侍女の名だそうだ。侍女は光栄だと喜んでくれたらしい。


 エアラはタタタとユニコーンに駆け寄り、首にぎゅっとしがみついた。

 ぶるると小さく嘶くユニコーンに、エアラはくすくすと笑い声を立てる。

「私が幸せだって分かるのね。喜んでくれてるの? ありがとう、私とっても幸せ!」

 にこにこと笑うエアラに、けれどユニコーンは首を振って彼女を拒むように身を捩った。


「……どうしたの? キャロライン、お腹でもすいてるの?」

 振り払われた手に眉を顰め、けれどエアラは再びユニコーンに一歩踏み出す。

「……?」


 そこでふと足元から伝わった底冷えに、エアラの視線が下がった。確かにここは石を磨いて作った神殿で、今は外部からの参列者に応えるべく窓も門戸も解放してある。

 けれどキャロラインから感じる不思議な違和感に何かが働いたように、エアラは自然と床に目を凝らした。


「──え?」


 そこに見つけたものにびくりと身体を強張らせる。視線はユニコーンの足元に辿り着き、固定された。

 馬体の影かと思っていた黒が、じわりじわりと蠢いて、ユニコーンの身体を這い上がっているのだ。

「な!」

 驚きに目を見開き固まるエアラに、或いはユニコーンの身体を覆っていく影に、気付いた者が驚き叫び声を上げていく。


 やがて全身を真っ暗に染めたユニコーンが大きく嘶いて、身を捩るように頭を振った後、目は赤く染まり、背中から漆黒の翼が生えた。


「キャ──────!」

 エアラ、それと参列者から上がる悲鳴にアレクシオは身体を強張らせる。

「なんだこれは……」


 そして腰を抜かし後ずさるエアラを引き寄せようと手を伸ばし、アレクシオはびくりと固まった。


「アレク、アレク、あれは何? 何なのこれは! キャロラインはどうしちゃったの!?」

 

 しかしアレクシオは強張った顔でエアラを凝視してはいるが、手を差し伸べようとはしない。その様子にへたり込んだままのエアラは焦れた声を上げた。


「ねえアレク、立てないの。お願い手を貸して!」

「エアラ……か……?」

「えっ?」


 エアラの顔から目を逸らせないまま、アレクシオが固い表情で口を開く。

「当たり前でしょう? 何を言ってるのよ!?」


 でもそう憤った時、周りから自分に向けられる視線が、驚きに満ちている事に気付いた。

「何? 何なの……?」

 不安が苛立ちに変わり、辺りを見回せば、アレクシオが恐る恐る口を開いた。


「エアラ、君の髪と……目の色が……」

「……え?」

 はっと気付けば、自分の肩から流れる髪が目に入る。

「え、嘘でしょう?」


 慌てて磨き上げられた床に自身を写せば、そこには黒髪に赤い瞳の、禍々しい色彩の女がこちらを覗き込んでいた。

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