第11話 幸せに笑う
「うふふ、目の色は主人似ね。ルビーみたいに綺麗な色」
「……あの」
うっとりと目を細めるラーシャに、リリーシアは恐る恐る声を掛けた。
「ん? どうしたの?」
「何故、エアラさんも髪と目の色が変わってしまったのでしょうか……?」
ラーシャはきょとんと首を傾げた。
「え、そりゃ。幼体から成体になるタイミングに、あれだけ近くにいれば、魔力に当てられるでしょう。心配しなくても少しすれば元に戻るわよ」
さも当然と目を丸くするラーシャに、リリーシアも段々と自分の無知を恥じるようになってきた。もじもじと両手を擦り合わせ、そうですかと口にするのがやっとだ。
「さて……」
エミリオの発った方角に、ラーシャが安堵の息を吐くのを横目で見ていると、彼女は明るく振り返った。
「じゃあ私たちも行きましょうか」
にやにやと笑い出すラーシャに対し、オフィールオは忌々しそうに唸り声を上げてから、こほりと空咳を打つ。
「行こうか、……ご令嬢」
熱心に水鏡を見るリリーシアとラーシャを、オフィールオはずっと背後で見守ってくれていた。
リリーシアは気になっていた事を口にする。
「でも、
「辞めてきた」
「ええ?!」
即答されて目を丸くする。
「元々短期の雇用契約だったからな、問題ない」
「そう、ですか……?」
もしかして自分のせいで辞めた、とか……
まさかと思いながらも、気になってしまう。
そもそも本人が気にしていないのに、リリーシアが気を揉んでも仕方がないだろうけれど。
オフィールオはいつものように長い髪と髭で顔を隠した、もっさりとした風貌だ。……でも、こんな場面だからだろうか、何だか緊張してしまう。
「……令嬢、お手を」
「あ、ありがとうござい……ます」
差し出された手をそっと掴み、気恥ずかしさから逸らした視線の先で水鏡が視界に入った。その中でアレクシオが何かを叫んでいる。
「……未練があるか?」
そう言われて思わず顔を跳ね上げた。
思いの外近くにあった顔に、リリーシアはパッと視線を逸らす。
「いえ……そんなものは、ありません」
自分は既に国から拒絶されたのだ。例え聖女がまやかしだったとしても……もうこの国で自分が何か出来るとは思えない。
「あの人たちは私の事なんてどうでもいいのですから、これ以上関わるつもりはありませんし、」
本当はここで国の為に奮起するのが次期王妃の役割なのだろう。
けれど国が一丸となってリリーシアを拒んだのはすっかり身に染みていて、とてもそんな気力は湧いてきそうにない。
結局、自分は王妃の器などでは無かったのだ。
「……そんな力もありません」
ラーシャは少しだけ悲しそうに顔を歪めたけれど、何かを振り払うように頭を振って口を開いた。
「全く、見る目が無いにも程があるよね! リリーちゃんはこんなに可愛くていい子なのにさ! ……あ、ねえリリーちゃん? 身内贔屓かもしれないけど、オフィールオも今はこんなだけどさ。きちんと身繕いをすれば、案外見てくれは悪くないのよ?」
「っ、おい! 姉さん!」
慌てるオフィールオにリリーシアはきょとんと首を傾げる。
「……え? 知っていますよ?」
そう言うと今度はオフィールオが眼鏡の奥で目を丸くした。
確かに無愛想だけれど、診察は丁寧でどんな患者も邪険にしない。身分を重んじる者たちに診察を断られる事はあっても、自分からは断らない。嫌だと思ったら診察後、もう来るなと声を掛ける。そんな人で──
眼鏡の奥の瞳は見えにくいけれど、いつだって真摯で真剣で──綺麗だった。
「皆見る目が無いって、勿体無いと思っていました。医師はこんなに素敵な人なのに。宮廷にドレスコードがあるのは、本質を見る目を養う為でもあるのに……だから、その……あなたは、とてもカッコいいと思いますし……私はあまり、見た目は気にしていないといいますか、整えなくてもあなたは綺麗な人だと……」
もにょとにょと上手く纏まらない言葉を続けていると、オフィールオに繋いだ手をきゅっと握り込まれる。
「そうなのか」
「は、……はい」
驚いた顔をするオフィールオにこくりと頷くと、何故かソワソワと目を逸らされた。
「その……故郷に着いたら、またあなたの主治医にして貰えるだろうか」
その言葉にリリーシアは口元を引き結び首を横に振る。
「いいえ」
そう言うとオフィールオは何だか傷ついた顔をした。
「私はずっと、あなたに労られていたのに……」
リリーシアは一つ決意を込め、口を開く。
思えば彼はずっと診察の時、励ましてくれていた。語れない事情に苛立ちながらも、彼だけがリリーシアを気にかけてくれていたのだ。
「気付かずにいた事を恥ずかしく思っています。だからもし、あなたの故郷に行き傍にいる事を許されるなら、もっと知りたい。あなたの気遣いや、思っている事を……私こそ、あなたの為に何でもいい。力に、なりたい」
「……っ」
我ながら不思議だった。
今迄確かにそう思う事はあったけれど、口には出来なかったのに。溢れる思いが零れるように、感謝の言葉が止まらない。
目が覚めてから今日までずっと、この人に……気に掛けて貰いたいと、その目に留まりたいと強く願っている。
そう言って小さく笑みを浮かべれば、オフィールオは毛に覆われていないところを真っ赤に染め上げていた。
……リリーシアの感情はオフィールオが齎した血の契約が大きく関わっている。それでも拒絶する事もできるのだ。抵抗し、抗う事も……
でもそれが無かったという事を──
(……期待して、しまう)
更に赤くなる顔を押さえていると、ラーシャがニマニマと背中を叩いてきた。
「丁度、手伝いで来ていた助手が膝を痛めてお休みしてるから? 暫く代わりに手伝って貰ったらいいんじゃ無いの〜?」
流石に恥ずかしくてじろりとラーシャを睨む。
「どうかなリリーちゃん? 私たちの故郷では貴族令嬢として扱ってあげられないけど、勿論うちを宿代わりにして貰っても構わない。……だから、このバカの面倒をさ、見て貰えないかな?」
ラーシャとオフィールオは帝国の辺境領の一画で暮らしているらしい。リリーシアは帝国なんて大国という知識しか無く、勿論足を踏み入れた事もない。一応カーフィ国とは同盟国ではあるが、限りなく従国の色が強い関係なので、交流らしいものはほぼなかったのだ。
そんな国へ行くのは緊張するが、この厚意に甘えない選択肢は自分には無い。
「も、勿論です。ありがとうございます頑張ります!」
それからくるりとオフィールオに視線を向ける。
「……あの、いいでしょうか、医師?」
「っあ、ああ勿論。助かる。こちらこそよろしく頼む」
ぎくしゃくと挨拶をするオフィールオにラーシャがツツツと近寄った。
「一生面倒見てもらえるように頑張りなさいよ」
こそっと何かを耳打ちするラーシャにオフィールオがゴホッと咽せた後、肩を怒らせている。
久しぶりに誰かと同じ空気を過ごせる感動を、そしてきっと初めて、自分という個を求められて迎えられて。
幸せだなと、リリーシアは頬を緩めた。
※
前編終了です
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