いじめの結末:7

 

 翌日、慶郎は三枝さえぐさ千春ちはるの父親を待ち受ける為、議会場である役所の駐車場で待機していた。この時は霊体ではなく、実体での訪問ほうもんだ。

 会期中かいきちゅうの議員が何時に出てくるかまでは調べなかったが、魍魎もうりょう気配けはい感知かんちできていない慶郎は後の事までは考える必要も感じておらず、いつまでもせるつもりだった。


 ほどなくして、目当ての人影が視認しにんできた慶郎は、寄り掛かっていたへいから背中を離し、なに食わぬ顔で三枝千春の父親へ歩み寄った。


三枝さえぐさ輝義てるよしさん、ですね? 少しお時間を頂けますか?」


 れない背広姿の男が迫って来た段階で、三枝千春の父親、三枝輝義てるよし警戒けいかいしていた。

 過去に、週刊誌の記者や探偵たんていに声掛けられた経験けいけんでもあるのだろう。それに、今の自分が清廉せいれん潔白けっぱくではない事は承知している。

 しかしそれでも弱みを見せる訳にはいかないのか、慶郎に対する態度は上からの高圧的だった。


「誰ですか貴方あなたは」

「名乗るような身分ではありません、ただのおひとしです」

「……はい? なんなんですか」


 半ば無視する形で車に乗り込もうとする三枝輝義に、慶郎は身を寄せてささやいた。


「本日、娘の千春さんへ警察が接触します。それにしたがい、数時間後には父親である輝義さん、あなたも捜査の対象になるでしょう」


 その言葉を聞いて、身を固くした三枝輝義が目をおよがせる。しかしそれも一瞬、すぐさま姿勢を正し、慶郎へ向き直った。


「……分かりました」


 いつかこの時が来ると、この男も予期していたのだろう。三枝輝義はバカではない。無駄むだ抗弁こうべんを発する事なく、冷静だった。

 しかし、どうしても一点だけに落ちない彼は、慶郎へ問いかけた。


「なぜ、貴方はそれを私に――?」


 記者ならそのネタに値段を付けてくるか、更なる揺さぶりをかけて来そうものだが、目の前の男はそのどちらでもない。これでは、まるで証拠しょうこ隠滅いんめつを急げとでも言っているような事前告知である。警察が動いているなら、捜査そうさ妨害ぼうがいにもなりかねない。

 三枝輝義は慶郎の正体を、どうしても知りたかった。


「わざわざそれを私に言いに来てしまっては、貴方の身も危ないのでは」

「僕に利害関係はありませんよ。ただ――」

「ただ?」


 慶郎はんだひとみで、けがれの無い声色こわいろで語り掛けた。


「千春さんには輝義さんの言葉が必要です。お父さんとして、しっかり娘と向き合って下さい。警察が介入してからでは遅いんです」

「それは……」

「あの子は警察官が相手でも反抗的でしょう、どこまでもゆずらないと思います。千春さんの印象が悪くなってしまう前に、一度、父親として話しておくべき事があるんじゃないですか」


 三枝輝義は視線を落とした。が悪いのだ。

 恥ずかしさ極まりない性癖を娘に発覚されておいて、今更どのようにして娘を説教できるのか。いや、考えるのも苦しい。

 輝義は見知らぬ男の前で、くやしさにくちびるんだ。こんな自分が、あの子にどう向き合えというのか。

 娘の犯行を知らぬフリは簡単だ。しかし、警察に目を付けられた以上、いずれはこの身もメスが入るのは避けられない。千春の口から父親も利用者だと証言されれば、遅かれ早かれ必ず証拠が出る。

 日本の警察がその事実を見落とす筈もなく、確実に履歴りれきこすだろう。


 色んな事が頭をかけめぐる。後悔こうかい反省はんせいも当然ある。三枝輝義はのどの奥で小さくうなった。

 それを見て、慶郎が厳しい口調で語る。


「申し訳ありませんが、時間が無いですよ。僕は貴方にチャンスを与えてる訳ではない。千春さんに更正こうせいの機会を与えたいんです。千春さんは、学校で友達をイジメています。それこそ目をうたがいたくなるような行いです」


 それを聞いて輝義は視線を上げるが、なおも慶郎は言葉を続けた。


「貴方の立場が弱くなれば、今まで沈黙していた学校側も千春さんをかばう気などないでしょう。全て事こまかく、警察へ証言し全面協力します。分かりますか? あの子が、さらし者になるんです」


 実はこの時の慶郎は適当だ。犯罪とはいえ、さすがに小学生が晒し者になることは無い。いま大切なのは、この父親が娘と向き合う為の覚悟かくごを取り戻す事だ。その為なら多少のり付けが必要だと考えたまで。

 ここで大きく息を吸った輝義は、未だ正体のわからぬ男に問う。


「つまり私がすべき娘への話とは、互いのつぐないについてですね」


 慶郎はだまってうなずいた。


「――分かりました」


 輝義は車に乗り込みエンジンをかけると、ウィンドウを下げて慶郎を見上げた。


「どなたかは存じませんが、感謝かんしゃします」


 丁寧ていねいに頭を下げた輝義を、慶郎は黙って見送った。


 今にも雨がりそうなあやしげなくももと、立場のことなる男達がわした約束やくそくたされるのか、慶郎は確認しなかった。

 あとは、信じるのみ――。

 それが慶郎の指針ししんだった。



 三枝輝義の車が去り、慶郎も次なる行動へ足を向けようとした矢先やさき白藍しらあいの光に包まれ現れた一羽のツル


「判ってるとは思うけど、魍魎が動き始めたわよ」

「はい」


 慶郎はツルの登場に微動びどうだにせず、硬く頷いた。彼も、徐々にくなっていく魍魎の気配を察知さっちしたばかりだ。


 あとは、おのれの役割をやりげるのみ。

 まされた決意でもって、慶郎は悪夢の発生源へと向かった――。



 

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