いじめの結末:6

 

 深夜、慶郎よしろうは霊体姿で三枝さえぐさ千春ちはるの家をおとずれた。

 板野いたの由紀恵ゆきえを救うには、この少女を説得する事が条件だとさとり、更なる調査を続ける事にしたのだ。

 引っかかるのは、彼女が言い放った慶郎への「リサーチ不足」という発言の意味。すぐに予想はできていた、“父親”というワードを出した途端とたん、彼女の表情がわずかに変わったからだ。

 正しい言葉で説得できなった影には、必ず悪辣あくらつ背景はいけいがある。それをつぶさない限り、決して道を正す事はできないという慶郎の考えがあった。


 慶郎が見張る相手は、三枝千春の父親だ。大学講師をつとめた経歴もあり、幾つかの企業をコンサルタントし成功させた、とても優秀かつ有能な人材。現、市議会議員。

 それでも慶郎は確信していた。問題は、この父親にあると。



 窓の外から室内を見張る慶郎の横に、白藍の光を帯びて現れたのは鶴だった。


「ご苦労様、と言いたいところだけど」

「こんな所で何やってんだってね」


 鶴の思いを察しつつ、慶郎は監視をやめない。


「魍魎の気配が近頃ないんで、つい、こういったお節介をしたくなっちゃうんですよ」

「それが貴方あなたの悪い所であり、良い所でもあるから困っちゃうわ」


 本来であれば魍魎の索敵さくてきに集中して欲しいと思っている鶴だったが、この時はそれを口にしなかった。


「この家を見張ったという事は、三枝千春を攻略するつもりなのね」

「はい。彼女を救ってあげないと、由紀恵ちゃんを救えないんですよ。色々と調べはしたんですが、まだリサーチ不足だったようで――」


 慶郎の真剣な横顔を見て、やや間を置いてから鶴が語る。


「三枝千春の父親は娘の蛮行ばんこうを知ってるわ。彼女が利用してる口座は父親名義だから、その規模きぼ頻度ひんども知っている」

「んっ⁉」


 すでにそこまで把握はあくしていた鶴にもおどろいたが、あの父親は娘の犯罪行為を黙認もくにんしているという事実にくやしさを覚えた。


「なぜです。我が子に罪を重ねさせて、黙っている親が居ますか」

「彼も利用者だったからよ。購入者の名簿めいぼは彼女が管理しているんだから、アカウントから推測すいそくされて取引き場所を見張られたの。指定した駅前のコインロッカーからを取り出した瞬間を撮影されて、父親は反論できなくなったの」

「…………」


 慶郎は言葉を失った。彼の性格上、精神的なショックを隠せない。

 あの子は、父親の淫猥いんわいな趣味を逆手にとり、脅迫しているというのだ。どこかで善意ぜんい恩情おんじょうがある筈だと、三枝千春を見極めようとしていた慶郎に怒りがこみ上げる。

 堅実けんじつな振る舞いを見せておいてあわれな父親もどうかと思うが、その実の父親を脅すなどと、いったいどのような道を辿たどったらそんな発想に至る小学生に育つのか。

 ぶつける先のない悔恨かいこんこぶしふるえる。


「始まりは小遣こづかかせぎとしょうした悪い先輩の影響えいきょうからだけど、いつしか同級生の私物を売る行為自体に快楽かいらくを覚えたようね」

「目的は金銭きんせんじゃないって事ですか?」

「彼女はお金に困ってないわ。それといった物欲ぶつよくも無いようだし」


 慶郎には理解できよう筈もない感性だった。他者の私物を転売する行為に、金銭以外のなにが目的にるのか。

 答えの見付からない困惑こんわくの表情で首をかたむけていると、鶴が淡々たんたん示教しきょうする。


「快感なんでしょ。私物を玩具オモチャにする男が自慰じいけ、それを気持ち悪がる被害者をながめるのが」


 慶郎は考えるのを辞めた。もはや是認ぜにんできる感性ではない。そのような悪徳あくとくに同情の余地よちなど微塵みじんもなく、なおのこと許せない。

 しかしそれでも、三枝千春はまだ小学生だ。ゆがんだ娯楽ごらくひたっていようとも、見捨てる理由にはならない。


「――彼女は今、利益りえき上納じょうのうを不良グループに要求されていて、このままだと危険な状況です。僕が調べた限りでは、の連中とも繋がりのあるグループです。千春ちゃん一人で立ち向かうのは無理でしょう」

「そりゃそうでしょうね。で、慶郎さんはどうしたいの?」

「一刻も早くこんな犯罪行為を辞めさせるべきです」

「ほんとに人がいわね」


 動物の姿であるが故に表情には現れないが、鶴は嬉しそうに声をはずませた。


「なら次の取引現場を通報しなさい、匿名とくめいでいいわ。事件の疑いがある、とだけでも伝えればあとは現場判断で職務質問や身分確認が行われて妨害できる。そうなれば今後、彼女に近付くのは極めて難しくなるでしょう。まぁ、三枝千春の行いは明るみに出るけど、十四歳以下の彼女に刑罰は適応されない」


 どこか無責任な言い回しではあるものの、鶴の言う通りなのは慶郎も理解できた。いもづる式に父親のことも警察のメスが入るだろう。


「わかりました」

「自分にできる事だけに集中しなさい。貴方あなた悪夢あくむばらいとして魂を昇華しょうかしたワタシの立場もあるし、もっともっと、貴方には活躍を期待してるのよ」

「――はい」


 鶴はいつの間にかクチバシで咥えていたを差し向け、慶郎は丁寧に両手で受け取った。

 この御守りは彼のアーティファクト。魍魎もうりょうを一撃でほふる必殺の弾丸を隠すかなめ。これを装備している限り、彼は支障なく任務へ挑める。


「それじゃ、あとは任せたわ」


 鶴は挨拶も簡単に、光の玉となって消え去った。

 残された慶郎は御守りを背広の内ポケットにしまうと、次に三枝千春が向かう取引き先の調査を続けた。

 この行いが、板野由紀恵を救う手立てになると信じて――。


 

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