いじめの結末:4

 

 慶郎よしろう由紀恵ゆきえを連れて近所のファミリーレストランにおとずれた。彼女には、言って聞かせなければならない事が数多くある。

 届いたアイスコーヒーをそのままに、慶郎は真剣な面持ちで静かに語った。


「まず、あの三枝さえぐさ千春ちはるという子には二度と私物を渡してはダメだ。あの子がなにをしているのか、由紀恵ちゃんも知ってるね」

「……はい」


 慶郎の性格上、悪夢あくむばらいとしての役割以外でも、許せない事変に目をつむったりはしない。霊体で街の監視をする際には、可能な限り情報を探り、問題解決に必要な対策を考えてしまう。

 お節介せっかいと言われればそれまでだが――。



「少し勇気がいるが、もし次にまたどこかに閉じ込められそうになったら、走って逃げていい、そして大声で叫ぶんだ。そのまま交番に全てを訴えてもいい」

「……。はい」


 小さくなった返事を聞いて、慶郎はなお熱く語る。


「この目で見てきた訳じゃないけど、由紀恵ちゃんのような被害者は少なくない。けどその被害者の共通点は必ず、“抵抗をしない”ことだ。だから続くんだ」

「…………はぃ」

「ちょっと言い辛いけど、学校にたよるのもまだ安心できない。学校はかみめやピアスには厳しく指導するクセに、イジメは隠そうとする。由紀恵ちゃんも心当たりはあるだろう?」

「……はい」


 伏目ふせめがちだった少女が慶郎の目を見る。


「あの三枝千春の父親は市議会議員だ。学校側が由紀恵ちゃんへの対応をしぶっているのはその為だ。明るみにならない限り、知らなかったフリを貫くだろう」

「…………」


 少女がまた目を伏せる。彼女とて気付いていたのだ、乱暴される自分の姿は、教員の目に映った事がある筈だと。けれど、助けは来なかった。日常的な言葉の暴力も、昼食時の嫌がらせも、担任教師は知っている筈だと。

 少女が生きる希望を失ったのは、そういった大人の姿を見てしまったせいでもある。


「けど、今こそしっかりと反撃しないとダメだ。なにも暴力をやり返せと言ってる訳じゃないよ、逃げていいんだ。逃げた後も色々と大変な事が待ってるかも知れない、だけど今がとにかく地獄なら、その先の問題だって同じようなもんじゃないか」

「……」


 少女が慶郎の目をしっかりと見つめる。


「いいかい。イジメという言葉は大人の責任放棄によるものだ。やってる事は“傷害事件”。もし被害者が自殺でもすれば“殺人”。僕はそう考えている」

「――――」


 少女の瞳が少しだけ力強く見開く。まゆにも力が入り、表情に火がともった様子が窺える。

 自分が受けている数々の行為は“犯罪”なのだと、ようやく正面から認識できたのかも知れない。


「お母さんのあの様子からして、由紀恵ちゃんの今の状況が役所に知られれば帰れないかも知れない。けれど、それがお母さんの為になる事もある。あの人には、変わるきっかけが必要だ」

「――――」


 慶郎が母親の事までも知っているのだと判って、少女は息を飲んだ。

 このオジさんは、本当に私を見てくれていたのだと――。



        ×        ×



 二人がファミリーレストランに入店してから数分後、その会話をねんで盗み聞きする鶴が屋根に居た。その隣には、あきれた顔で腕を組む巫女の姿。


「あの男は何をやってる訳?」


 冷たく言い放つ巫女に対し、鶴は我が子を見守る母親のように優しく弁解べんかいした。


「彼なりにあの子を救おうとしているのよ。それは貴女あなたにも解るでしょう?」

「今回、魍魎がターゲットに選んだのはだ。接触すべきは母親の方だろう」

「それはそれ、これはこれよ」


 慶郎の活動は間違っていないのだとつらぬく鶴に対し、苛立いらだった巫女は嫌な顔を隠そうともしない。


「あの男は一度、魍魎を取り逃がしてる。半蔵ハンゾウが偶然この街を通りかかったから助かったものの、あの子供は慶郎のせいで死ぬとこだった。ならばこそ、いま危険な母親に付くのが責務せきむではないのか」


 語尾ごびを強く言い放つ巫女が鶴を見下ろすが、感情が顔に出ない動物の姿をしたエクソサイズは微動だにせず、慶郎の話に聞き入っている様子だった。

 なにがそこまで面白いのか解らない巫女は、あきらめて背中を向けた。


「私は母親を追うぞ。今回の魍魎は危険配列グレードフォー。身を隠すのも巧妙こうみょうのようだ。他にも隠した能力があるかも知れん」


 徹底的なまでに魍魎の討伐を優先する巫女に迷いはない。彼女は即座そくざに身を消すと、母親のつとめ先へといそいだ。

 残された鶴は巫女の背中を視認することもなく、レストランの隅で続く中年男と少女の会話に耳を傾け続けていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る