いじめの結末:2

 

 現実世界の魍魎は人間の目に映らない分、いつ何時なんどきでも自由に行動が可能である。獲物えものに逃げられることも、さとられることすらない。まさに独壇場どくだんじょうで魂をむさぼり続けることが可能だ。

 されどその反面、悪夢祓い達から身を隠すのが下手で、数百メートル離れた場所からでも感知されてしまう。姿そのものが見付かる訳でも、音が響く訳でもない。魍魎が行き来する場所は、のだ。悪夢祓い達はこうして、近くに魍魎が居ることを知り、次第にその距離を詰め、確実に狩りを成功させていく。


 今宵こよいも鶴と共に戦場へせる悪夢祓いが、板野いたの由紀恵ゆきえを取り込んだ魍魎を標的に定め、悪夢の世界へと飛び込んでいた。



        ×        ×



「まだあのは生きてるわ、急いで!」


 鶴が低空飛行し悪夢の異空間を突き進む。江戸時代の屋敷やしきを再現した異空間は四方八方しほうはっぽうに部屋が続いていて、方向感覚が麻痺まひしてしまいそうなものだが、魍魎の絶滅を専門とするエクソサイズである鶴には、敵の位置や生存者の位置も感知できている。

 俊敏しゅんびんな動きでその後を追う一人の忍者。体格も大きく、きたえられた体には無駄肉など皆無かいむで、歴戦れきせん気迫きはくにじみ出ている。


「そこよ!」


 鶴が敵の居場所を告げると、しのびは有無を言わずクナイを投擲とうてきした。ふすまを貫き、肉眼ではとらえられない死角だった筈の魍魎に、見事それは突き刺さった。


「ナニッ!?」


 今この瞬間にも少女に噛み付く直前だった魍魎が、首に刺さったクナイに驚く。


「もう見付かったかッ」


 こうなっては戦うか逃げるかの選択となる訳だが、魍魎は両の手から黒炎こくえんを作り出し、妖術ようじゅつをもって悪夢祓いと対峙する選択をとった。

 そこへ迫る忍。短刀で斬り裂かれた襖からその姿が露わになると、魍魎は慌てて退しりぞき、距離をとった。たたみ部屋が延々えんえんと続く異空間に、死闘の緊張が走る。


「クソッ! よりにもよってキサマか!」


 魍魎が黒炎を発射する。火炎放射のごとき迫る黒炎を、忍は残像ざんぞうを生み出す速度でかわし、座り込んで動けなくなっていた少女を抱えた。

 あまりの速度に驚く少女が目を見開き、自分を抱えて走る男におびえ、魍魎から離れた安全圏にろされても、少女は身を強張こわばらせる。

 そんな少女に対し、忍びは何も語らない。もくして戦う、これが彼の特質だった。


 エサを奪われた魍魎が怒りをあらわにする。


「特上の獲物だ、そう簡単には渡さんぞ」


 大柄おおがらではあるが、華奢きゃしゃな魍魎が前のめりだった姿から立ち上がると、その身長は驚愕きょうがくだった。天井に頭が付くのを嫌い、首を曲げて直立した魍魎がみにく微笑ほほえむ。


「キサマには多くの仲間がほふられた、この恨み、今ここで晴らしてくれる!」


 再び黒炎を両手に宿す魍魎に向けて、少女のとなりに羽を落ち着かせた鶴が反論する。


「仲間意識なんて無いクセによく言うわ」


 鶴の皮肉ひにくなどかいさず、黒炎が発射される。辺り一帯を灼熱しゃくねつおどくるい、日本家屋にほんかおく特有の木造もくぞうが故の、燃えやすい構造が敵を味方する。

 黒炎が柱を黒くめ、襖を焼き、畳をがす。その勢いは時間を増すごとに熱を強めていく。


半蔵ハンゾウ! 私がこの子をまもるわ! 貴方あなたは敵を押し切って!」


 半蔵ハンゾウと呼ばれた忍は何も返事をしないまま、その俊足しゅんそくを生かし、一瞬の間に敵の背後に回った。

 あまりにも速すぎる忍の動きに反応できなかった魍魎が、相手を見失った衝撃で膠着こうちゃくする。

 悪夢祓いが魍魎を識別する能力があるように、魍魎にも悪夢祓いを感知する触覚があるが、忍が背後に居ると認知したとしても時はすでに遅い。

 その刹那せつな、半蔵は逆手に握った短刀で敵の首を斬り払い、追い打ちとばかりに渾身の回転蹴りをお見舞いした。

 弾け飛ぶ魍魎。襖を突き破り、奥にあった無地の屏風びょうぶぎ倒す。忍の蹴りは、魍魎の内蔵を完全に破壊した。


「ぐおぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉおッ‼」


 魔物であっても、痛覚がある。斬られた首と、破壊された臓器ぞうきの痛みにもだえる。

 辛うじて繋がっている首からはおびただしい黒いモヤがれ続け、魍魎の生命維持が一瞬にして追い詰められた。

 痛みにたけびながら、相手を睨もうと顔を上げるも、そこに忍の影は無い。自由の効かなくなった首を無理に回し、魍魎が周囲を見回す。


「どこだぁッ‼」


 怒りに顔を歪ませたまま、魍魎の首が畳に落ちる――。


 半蔵は、音も無く再び背後に回り込んでおり、魍魎は斬られる瞬間もそれに気付かぬままだった。

 血液の無い魔物である魍魎は、黒いモヤを全身から放ちながら輪郭りんかくを失っていく。生命維持が不可能になった魍魎は、こうして消えていくのだった。



        ×        ×



 少女が目を覚ますと、気を失った時と同じく公衆トイレだった。魍魎の悪夢から解放された人間は、呑まれた時と同じ場所で覚醒する。


「…………」


 しかし少女には記憶が無い。下着を奪われた事までは覚えているが、その後の一連は悪夢から抜け出すと記憶から消えてしまう。

 醜い魍魎に襲われた事も、黒装束の男に助けられた事も、鶴の優しい声も忘れてしまう。


 少女、板野由紀恵は自分の身に何が起きたのか理解しないまま立ち上がり、いつの間に暗くなっていた外へと歩み出した。


 

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