第2話:いじめの結末

いじめの結末:1

 

 資材倉庫に集まった女子児童たちが、ひとりの半裸はんら姿の少女を取り囲み、嘲笑あざわらいながら携帯電話のカメラ機能で撮影している。


「次まためた態度たいどとったらバラくからな」


 グループの中で一際ひときわ低身長の少女が、女帝じょていさながらの剣幕けんまくで威圧する。


「返事しろや、いぬ


 恐怖でふるえ、身を丸めておびえる半裸の少女が何度もうなずく。


「……わかりました」

「ワンってけよいぬ!」


 さげすみ笑う少女達の声が倉庫内に飛び火する。その人数は一四人。たった一人の少女を暴行するにしては、いささか多すぎる数だ。

 半裸の少女は大人数を相手に抵抗できる筈もなく、ただ震えて時が過ぎるのを待つしかなかった。


「鳴けっつってんだろゥがッ!」


 怒りに任せた強烈なみ付けを繰り返され、少女は声を上げることも出来ない。

 腹、腰、肩、そして頭を複数回に渡って強打され、頭皮はけ、口の中が切れる。


「わんっ……わんっ……わんっ……」


 鳴くしかなかった。言う事を聞かねば、この暴行はさらにエスカレートすると知っている。


「よーし良い子だ」


 女帝、三枝さえぐさ千春ちはるが振り向いて仲間達に指図さしずする。


「こいつの靴下くつしたがせ、あたしはさわりたくもない」


 号令ごうれい一下いっか、三枝千春にしたがう女児たちが半裸の少女にむらがり、抵抗もなく靴下をうばい取る。


「行くぞ。あやしまれない内にった方がいい」


 集団は誰ひとり三枝千春に逆らわない。まるで旧世紀の権力者を思わせる統率とうそつである。

 信じがたいが、この残忍ざんにん非道ひどうな少女達は公立の小学校に通う六年生の一二歳。大人の目が届かぬ所で、いつの時代でもこのような行いは絶えない。




 独り資材倉庫に放置された少女、板野いたの由紀恵ゆきえは立ち上がり、はだけた着衣を直し、脱がされた靴をき直す。靴下は無いが、今となっては仕方ない。取り返すなどもってのほかだ。

 ひどい暴行を受けたにも関わらず、由紀恵はとても落ち着いているように見える。もう幾度いくどと繰り返される悲劇ひげきに、もはや感情が追い付いていない。


 こういった精神の乱れが、魍魎もうりょうの目に止まりやすく、餌食にされやすくなるのだ――。



        ×        ×



 二日後の下校時、由紀恵は背後から近付く気配に怯え、かめが首をちぢめ込むように背中を丸める。


「お前の靴下、八千円で売れたぞ。世もすえだな」


 女帝、三枝千春が仲間を引き連れ、再び由紀恵を人目のつかない公園へと連れていく。遊具の無い公園にはベンチがあるが、今は誰も居ない。そして無人の公衆こうしゅうトイレに少女達の笑い声が鳴り渡る。


「クライアント様が次はお前のパンツが欲しいってよ。一万で買うっつうから、今ここで脱げ」


 うすぐら蛍光灯けいこうとうらされた公衆トイレの中は、もはや彼女達にとって絶好の拷問ごうもん部屋だった。

 なかなか下着を脱ごうとしない由紀恵に、女児達が群がる。さすがに股間こかんへ手を出すのは気が引けるのか、ほとんどは傍観ぼうかんするだけであったり、撮影係に徹している。


「お前ら根性ねぇなー」


 意気地いくじなしの部下達に代わって、三枝千春が前に出る。


「お前って普段どんなパンツいてんの?」


 躊躇ためらいもなくズボンを下ろされ、下着があらわになると女児達の笑い声がむ。いざ目の前にすると、これを欲しがる大人を想像してしまい、恐怖と気持ち悪さが入りみだれる。


「へぇ、可愛いのいてやがる。育児いくじ放棄ほうきされてるクセに生意気なまいきだなぁ」


 意気いき揚々ようようとしているのはただ一人、三枝千春だけである。


「あんま汚れてねぇなー。ま、いいや」


 そのまま力尽ちからずくに下着を奪うと、部下に手渡す。


「袋に密封みっぷうしといてくれ、脱ぎたては値段交渉に使える」


 用が済んだら振り返る事もなく、三枝千春は公衆トイレを後にする。女児達もその後に続き、どんな顔で板野由紀恵が怯えているのか確認しようと振り向くと、そこには、しゃがみ込んで嗚咽おえつのどを詰まらせて泣く少女の姿。

 それでも誰一人、彼女に声かける者は居なかった――。



 そうして人間の目には見えない魔物、魍魎が姿をのぞかせる。公衆トイレの天井に張り付いていたそれは、みにくゆがんだ顔面を突き出す。

 板野由紀恵は自分の身に何が起きたのか理解しないまま、魍魎に捕らわれ、悪夢の世界へとみ込まれていった――。


 

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