消えた幼馴染:11

 

 それから数週間後のこと、笹倉ささくら綾子あやこの自宅に招待された少年が、玄関げんかんの前で深々と頭を下げた。


「どうぞ、あがってください」


 両親に出迎えられ、少年は複雑な思いで玄関で靴を脱ぎ、居間いまへとまねかれる。

 招待されたからとはいえ、未だ見付かっていない幼馴染の家にあがるなど、どんな顔をすればいいのか解らないままだった。

 ソファーに腰を落ち着かせ、出された麦茶に視線を落としつつ、少年は肩を小さくしてうずくまっているようにも見える。


「そうかしこまらなくいいんだ。今日は達也君に渡したいモノがあってね」


 父親がおだやかにそう言うと、母親から一冊のノートを差し出される。丁寧ていねいな仕草でそれを受け取るも、見覚えのないノートに首をかしげ、視線を送る。


「綾子の日記なんだ」


 静かに父親がそう語り、少年に中を見るよううながす。戸惑とまどいながらも一枚、また一枚とページをめくる。されど、細部さいぶまでは読もうとせず、少年は再び両親へ視線を送る。

 彼女の死が確定した訳でもない今、勝手にのぞくべきではないと思ったからだ。それなのに、なぜこれを自分に見せるのか、少年ははなはだ疑問だった。


「あの……」

「キミに、預かって欲しいんだ」


 そう告げる父親の目には、涙がまっている。その姿を見れば、何を伝えようとしているのかが予見でき、少年は首を振った。


「ダメです。これは綾子が帰ってきたら、また続きを書く為のモノです」


 少年がノートを差し戻すも、両親は手に取ろうとしない。その意思は固く、無言のまま。


「これは彼女の部屋に戻しておいて下さい、無かったら驚く筈です」

「達也君」


 かたくなに受け取ろうとしないのは、少年の方だったのかも知れない。


「僕は見てないことにするので、彼女にも今日の事は黙っていて下さい」

「達也君、もういいんだ」


 その先の言葉が何なのか想像できた少年は、さらに首を振り、力を込めた声に己の意地を貫いた。


「彼女は必ず帰ってきます! もう少し、待ってあげて下さい!」


 最後の方はのどに力が入らず、泣くのをこらえるのに精一杯だった。何としても認める訳にはいかない現実を、少年はあらがい続けた。

 ここまで一途いちずに娘を想ってくれる少年に対し、両親は心から感謝している。なかなか帰ってこない娘に苛立ちすら覚える程に、少年の真っ直ぐな想いを分かっている。毎日、毎晩、最近もまた捜索に出かけているのを知っている。もはや手掛かりひとつ無い状況で、ただ気持ちひとつだけで体にムチを打ち続ける少年を、このままにしていい筈がない。


 だから笹倉綾子の両親がとった行動は、

 と――そう告げているのだ。


 結局、少年はこの日、幼馴染の日記を受け取ることもなく、その足で再び捜索に出かけて行った――。



        ×        ×



 町を出て人里ひとざとはなれた公園に、少年の姿があった。それを霊体姿で見守る二人の影と、一羽。


「もう二月もあの調子です。諦めることなく、ずっと恋人を探してますよ、あの少年」


 慶郎は巫女と鶴にそう語り、悪夢祓いとして街を見守る定期報告をしていた。


「そう」


 巫女は呆気あっけなく嘆息たんそくするだけで、何も感想をべない。代わりに返答したのは、少年から目を離さず見つめ続ける鶴だった。


「可哀想ね、あまりにも……」

「そうっスね」


 慶郎も鶴と思いは同じだ。帰らぬ恋人を待ち続ける少年の幼気いたいけな姿は、見ているのも辛い。

 この町を巡回じゅんかいしつつ村田達也を見守る慶郎は、笹倉綾子の両親とのやり取りを知っている。さらに言えば、霊体となって監視を続けている慶郎であれば少年よりも笹倉家の事情も詳しい。


「綾子さんのご両親は、どうやら村田君との関係を一度落ち着かせたいみたいですね。先日そんな話をしていました」


慶郎の報告に鶴が頷く。


「そうなるのが妥当だとうでしょうね、このままじゃ村田達也は人生を棒に振りかねない。自分達の娘が原因でそのような結末になるのは、誰も望んでいないでしょう」

「本人以外は」

「…………」


 慶郎も鶴も、少年の姿を見る限り、己の人生などかえりみない勢いなのは明白だった。放っておけばこのまま、数十年だろうが一生をかけて幼馴染を探し続けるだろう。それを笹倉家が良しとする筈もなく、その気持ちだけで充分に救われたと言い聞かせるしかない。

 せめて少年だけでも幸せをつかんで欲しいと願うのは、大人であれば当然だ。


 慶郎達は少年に声かけることはせず、霊体のままその場を後にした。


 少年・村田達也は、この先もずっと幼馴染を探し続けるのだろう。プレゼントで貰った手袋は常に肌身離さず、少年のかたわらにあった――。



        ×        ×



 笹倉綾子は悪夢にまれ、魍魎の手によって死んでいる。そしてその魂は悪魔デビルへと献上けんじょうされ、彼女は魍魎へと姿を変えられてしまう筈だった。それを阻止できたのは、意図しないながらも鶴の一声が起因だった。

「彼女は最期に、キミの名前を呼んでいたよ」

 その想いを少年に伝えてくれた事で、魂のみの存在となってしまった笹倉綾子は最期の最後で悪魔デビルあらがい、魍魎へと変えられてしまう儀式から逃げおおせたのだ。本来であれば不可能である筈の脱出を可能たらしめたのは、他でもない、によるものだろう。

 奇跡きせきとは、まさにそのような事を指すのかも知れない。


 笹倉綾子が魍魎へと変貌へんぼうさせられれば、まず手始めに少年をターゲットに指定されていた事だろう。魍魎へと姿を書き変えられた者は外見こそ面影おもかげが残っていても、それまでの自己を確立していた概念がいねんは失われる。

 身近に居る無防備むぼうびな存在である少年は、真っ先に魍魎と化した笹倉綾子に襲われるに違いない。

 そのような未来にならなかっただけでも、幸いと言えるのか。少なくとも、村田達也は生きている。彼の命は、笹倉綾子の信念によって救われたと言っても過言ではない。



 そしてまた、どこかの街では再び魍魎が闊歩かっぽし、次の犠牲者が狙われる。悪夢はいつでもすぐそこに、誰であろうと構わず忍び寄る。



 第一話:消えた幼馴染 了


 

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