消えた幼馴染:10

 

 敵手てきしゅの能力を充分じゅうぶん把握はあくした上で、魍魎は止まる事なく攻勢をゆるめない。体格差をかした圧倒的パワーでもって、慶郎へ襲い掛かる。

 振り下ろすこぶし廃屋はいおくを粉々にくだき、素早い回しりは支柱を吹き飛ばし、強烈なみ付けが大地を穿うがつ。

 数秒足らずの内に辺り一帯は次々と損壊そんかいし、瞬く間にその範囲を拡大させていく。まるで爆心地ばくしんち竜巻たつまきが発生したかのような有り様である。


 その絶望的な状況下であっても、慶郎は引きも切らず好機を待ち続けた。今はかわす事だけに集中し、一隅いちぐうのチャンスがおとずれるのをあきらめない。

 この流れも、彼の作戦の中だ。


 次第に、魍魎の動きが荒くなり、いつまでもけ続ける獲物にごうやす。


臆病者おくびょうものめが! 逃げ回るだけか!」


 そんな挑発ちょうはつがわざわざ声に出る事で、魍魎のあせりが把握はあくできる。

 慶郎はその機に振り返る。渾身こんしんの一撃を打ち込もうと拳を振り上げた魍魎を待ち構えた。

 受け身をとるフリをして――そのまま慶郎は巨大な拳に叩きつぶされる。

 地面にめり込んだ体は力が抜け、立ち上がる気配も無い。目をつむったまま動かない男を見て、魍魎は満足気にみを浮かべた。


「まったく、面白みも無い虫めが」


 己のパワーに自信があった魍魎は、今の一撃で獲物を仕留め切ったと確信し、離れた所で様子をうかがっていた村田達也へ標準を変えた。


小僧こぞう、すぐにお前もこうなる」


 動かなくなった慶郎には目もくれず、魍魎は再び逃げ出した少年を追い駆ける。

 ――その背中を向けた絶好のすきこそが、慶郎の狙いだった。



 その魍魎が看破かんぱした慶郎の戦闘能力は、過失かしつなく事実を見抜いていた。彼は本当に、武術の鍛錬たんれんもしていなければ、強力な武器を装備していた訳でもない。なればこそ、この男を「弱い」と格付けたのは正しい。

 しかしそれゆえに、警戒をおろそかにするという油断ゆだんが生み出された。


 慶郎の必勝には、鶴から授かった二つの要素があった。その一つは、内ポケットに隠された護符ごふである。それは悪夢祓いの身をまもり、身体しんたい損傷そんしょう軽減けいげんする神秘しんぴふだ。身に着けるだけで切り傷も打撲だぼく裂傷れっしょうも、すべからく半減させる。

 当然それを知らない魍魎は、一撃で慶郎を仕留めたと誤認ごにんする。

 そしてもう一つ、必勝の策を決定付ける奥の手が、気絶をよそおっていた慶郎が取り出すに隠されていた。

 その小袋からまみ出された光るなまりは、一発の弾丸だった。

 リボルバー式の薬室に挿入された銃弾はにぶかがやき、明らかに世に出回っているものとは違う。


「んっ!?」


 魍魎が足を止めて振り返る。慶郎を弱い悪夢祓いだと見抜いたように、弾丸の恐ろしさを瞬時に読み取るも、すでに手遅れである。


「悪いな」


 トリガーを引いた慶郎は、感情の読めない無表情だった。勝利によろこぶでもなく、敵に向けた慈悲じひもなく――。


 放たれた弾丸は一直線に突き進み、魍魎の胸板にさった。血も無く、黒い粉末ふんまつるだけの得体の知れない体。

 慶郎は奴らの体など興味きょうみも無かったし、その仕組みを知ろうとも思っていない。


「終わりだ」


 勝利を確信する慶郎。


「これはっ!?」


 弾丸の存在感を隠し通したすべを見抜けず、自分の身に何が起きたのか理解する間もなく、その体は四方八方に飛び散った。

 そこにはすでに、先程まで猛威を奮っていた魍魎の姿は無く、黒い粉末がきりとなって消えていくだけだった。



「もう安心だ、すぐに帰れるよ」


 目の前で繰り広げられた死闘に怯え、強張こわばって動けなくなっていた少年に優しく歩み寄る。巫女の前では頼れない中年男だったが、この時の慶郎は大人の余裕でもって少年の肩を抱き寄せた。


「目が覚めれば普通の朝が待ってる。なにも心配ない」


 初めて見る男にどう対応していいか判らず、少年はゆっくりうなずくのが精一杯だった。

 バケモノに殴り潰された筈の体は土で汚れているものの、大怪我を負っている様子もなく、おまけに拳銃で反撃するという行動には動揺どうようを隠せない。そういった暴力とはえんどおいい人生を歩んできた少年であれば、言葉を失うのも当然といえる。



 それから間もなくして、赤い鳥居が出現し、一羽の鶴が現れるまでの時間、二人は何を語り合うでもなく寄り添っていた。

 この悪夢の中で見た光景も、この男の声も風貌ふうぼうも、元の生活に戻れば少年の記憶からは消えるのである――。


 

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