消えた幼馴染:9

 

 巫女が危惧きぐした通り、少年の周囲で魍魎の気配が活発化する。慶郎よしろうにも明確にそれが判り、日に日に危険度が増している。


「……マズイな」


 深夜、少年の睡眠を見守る慶郎がみする。魍魎との接触はもはや避けられないのは明白だ。

 一応は“ねん”を発し、巫女や鶴に伝わるようこころみたが、それがあだとなった。


 魍魎にとっても敵勢力の援軍は願い下げである。なら、早急に村田達也をり込むだけのこと。


「しまったッ」


 慶郎が急ぎ結界けっかいるも、先手を打った敵の方が早かった。魍魎が仕掛けた悪夢への捕縛ほばくじゅつは、一瞬にして少年を取り囲んだ。

 次の瞬間には、彼はもうの中である。



        ×        ×



 村田達也はすぐに目を覚ました。――と言っても、すでにそこは異次元である絶望の世界、の中だ。


「ここは――」


 少年はすぐに立ち上がり、状況を理解した。曖昧あいまいな記憶だが、以前にも似た感覚を、つい最近に味わった事がある気がしたからだ。

 しかし少年は思い出せない。前回、自分が襲われたこと、巫女に助けられたこと、言葉を発する鶴と会ったこと。どれも村田達也の記憶には残っていなかった。


 それでも、悪夢へ捕り込まれた人間は、不思議と体が覚えている事が多かった。誰に確認するでもなく、ここは危険な場所だったという認識がすぐにき起こるのだ。

 ここは前回の悪夢とは違い、平坦へいたんととのった土の大地と、崩落ほうらくした廃墟はいきょ残骸ざんがいが乱立する戦場跡地あとちを思わせる場所だった。

 雨風あめかぜしのげそうにもない壁だけの廃屋はいおくと、もはや用途ようとが判明しない支柱しちゅういたるところに残っているだけである。


 自分が身を隠すにはこころもとないくせに、襲撃の為に敵が身を隠すには絶好の戦地と言える。

 こんな最悪のコンディションで、少年はついに魍魎と視線をわす。

 折れた支柱の上に直立したを見て、少年は死を覚悟しつつも逃避とうひの為に身を返し、一心不乱にこの場を離れようと走った。

 ここ数日の不眠ふみんと食欲不振がかさなった事で少年の健康は確かにがいしていたが、という行動に対しては十全じゅうぜんな機能を発揮はっきできた。

 何しろ走り回った日々を続けていたのだ。恐怖に身をおびやかされたからといって、すぐにつまずくような少年ではない。


 逃げて行く獲物えものさだめ、魍魎は歯をき出してしたを伸ばし、したたよだれが地に落ちる前にその強靭きょうじんな手足でもって高々とび上がった。

 その一度の跳躍ちょうやくで少年の背後に着地し、獰猛どうもうけものごと疾走しっそうで迫って来る。

 やはり今回も、幼い少年が逃げ切れる筈もなかった。

 そして今回は、危機を救ってくれる巫女も居なかった――。



あぶねっ」


 悪夢への侵入を成功した慶郎が、少年の腕を引っ張り上げる。危機一髪、魍魎のキバは音を立てて宙をんだ。


「もう大丈夫だ。村田君はこのまま逃げなさい、おじさんがこのオバケを駆除くじょしてあげるから」


 背広姿の男の登場に驚く少年だったが、素直に言う事を聞く以外に選択肢せんたくしがないと理解した。敵は人間よりも遥かに大きく、遥かに重く、遥かに狂暴な存在。共闘するという善意ぜんいが通用しない戦いだ。



 村田達也が離れて行くのを音で確認しつつ、慶郎は魍魎と正面から対峙たいじする。振り返って少年の姿を確認する余裕よゆうは無い。


「キサマのような弱小じゃくしょうものが、われ楯突たてつくか」


 そう言いつつも慶郎との距離を一定にたもちつつ、魍魎は襲撃のタイミングをはかっている。簡単かんたんすきを見せない立ち振る舞いは、幾度と殺し合いを経験してきたあかしといえる。


 慶郎が悪夢祓いだと判っている魍魎は、まずその戦法がどのようなものなのか模索もさくしている。

 人としては高身長な慶郎であっても、魍魎と並べば貧弱な程に体格差がある。大きさも重さも腕力も、勝る分野はひとつも無い。

 ただし、悪夢祓いという“戦師せんし”はあなどれないと、魍魎自身が解っている。


 慶郎の手には、一本の短刀と、時代がかった古い拳銃一丁。

 魍魎はその武器をするどい眼光でにらみ、そなわる威力いりょくがどれ程のものなのかはかる。

 その結果――


「フフン、弱い」


 狩りを始める猛虎もうこの動きで、き出したらんくいが慶郎に迫る。

 魍魎には、悪夢祓いの武装が如何いかほどに強力な代物しろものなのかかし見る能力がある。慶郎が手にする短刀と拳銃から発せられるエネルギー波をはかり、勝負の行方をすぐさま推察すいさつしたのだ。


 こうなる前提で悪夢へと侵入した慶郎であったが、襲撃をかわす彼の動きはぎこちない。やはり戦闘経験の不足はいなめない。

 次々と襲いかかる魍魎の激しい襲撃に、慶郎は何度も地面をころがり、廃墟はいきょに体を打ち付けながらけ続けた。今の慶郎に反撃のチャンスは見当たらない。


 手軽な筈の短刀も、遠距離えんきょり攻撃を可能としている筈の拳銃も、間断かんだんなくそそ過激かげき猛攻もうこうを前にしては、新人の慶郎がさばくには困難こんなんきわめる。


 しかし彼には、鶴にさずかった必勝の戦略があった――。


 

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