消えた幼馴染:8

 

 ここ最近の村田達也は、ようやく落ち着いたと言っていいだろう。幼馴染の笹倉綾子は依然、何の痕跡こんせきも無く消えてしまったままだが、毎晩の捜索に出かけるという事はなくなった。

 元気を取り戻した訳では決してないが、それでも彼の心の中で、ひとつ整理ができつつあるのかも知れない。

 入学祝いにもらった手袋を肌身離さず、彼は静かに、日常を歩み始めていた。



「今のところ異常なし、か」


 人間の目に映らない霊体れいたいのまま、慶郎は少年の背後を一定の距離きょり尾行びこうし続けていた。

 悪夢あくむばらいとなった際に鶴から色々と説明を受けたとはいえ、こうして実体と霊体とを使い分ける自分におどろいていた。やってみれば何とかなるもんだ、と無理やり納得なっとくしながら、慶郎は周囲を警戒けいかいしつつ少年から目をはなさない。

 そんな日々が数日続いた――。



 ある夜、村田達也は両親と共に、近所のレストランにおとずれていた。今ではすっかりせてしまった少年だが、どうにか食欲を取り戻し、かつての明るさも垣間かいまるようになっていた。

 時折みせる笑顔を絶やさぬよう、両親はできる限り幼馴染の話を避け、今ある健康と幸せを、とても大切に過ごしていた。


 その団欒だんらんを見守る慶郎の横に、同じく霊体の巫女が姿を現した。


魍魎もうりょうの気配があったわ。気を付けて」


 静かに語る巫女の声は当然、周囲の人間たちには聞こえていない。霊体での会話は、“ねん”としてわされている。


「そうですか。でもこっちには来てないですね、ここ数日は全く彼から離れてませんし、間違いありません」


 慶郎の健闘振りを認め、巫女は冷静に語る。


「ええ、そうね。おそらく、あなたの存在のおかげよ。魍魎も警戒しているんだと思うわ」

「お役に立てたようでなにより」


 初対面であれだけきびしいし方をされたにも関わらず、となり合う巫女の存在をゆるしているのか、慶郎は集中を切らすことなく少年の監視を続ける。

 飄々ひょうひょうまらない性格のように見えて、任務に対する姿勢は実直じっちょくに本物だった。大きな活躍があった訳でなくとも、ここ数日の彼の働きに巫女は感心していた。


「村田達也の様子はどう見える?」


 他の任務に忙しかった巫女は、少年の近況を知らない。


「最初に見た時はかなり弱った様子でしたが、日に日に明るさを取り戻しつつありますね。ご両親もそんな彼を見てよろこんでいますよ」

「精神に乱れは?」

「ありますね。人前では平常心をたもとうとつとめていますが、やはり夜な夜な泣いてます、遺品いひんの手袋を抱きかかえてますよ」

「そう」


 巫女が評価する村田達也の危険性は、やはり高いままだ。魍魎は、人間の心の隙間すきまを狙って悪夢を仕掛けてくる。彼が幼馴染を想い悲痛に気落ちするタイミングは、魍魎にとって捕食する絶好の機会となる。


「気を抜けないわね」


 巫女は慶郎にこの場を任せ。霊体のまま何処いずこへと消えていった。



        ×        ×



 少年一家が暖かな団欒だんらんを過ごすレストランを、はるか上空から見下ろす影があった。宙に静止するは、明らかにこの世のモノとは思えない異質な存在だった。


「巫女は、せたか」


 うす気味きみわるい笑顔をのぞかせる魍魎。巫女の追跡をかわし、ついに村田達也のそばに現れ、捕食のタイミングをはかっているのだ。

 しかしそんな魔物でも、迂闊うかつに動けない理由があった。慶郎の存在である。


「…………」


 人間の目ではとらえられない霊体の慶郎ではあるが、この魍魎には見破みやぶられていた。微量びりょうとはいえ、彼からはなたれるエネルギー波は隠せるものではない。悪夢祓いであれば必ずしょうじてしまうさだめにある。

 されど検分けんぶんには時間はようさなかった。慶郎はまだ新人の悪夢祓いである。鶴に期待を承認しょうにんされているとはいえ、恐れる存在ではないと見透みすかされてしまったのだ。


 少年を狙う魔の手は、こく一刻いっこくとその瞬間をきざんでいた。



 

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