消えた幼馴染:7

 

 数日後――巫女のもとに、とある男が現れた。


「あ、どうも、初めまして」


 丁寧ていねいに話しかけて来た男はヨレた背広せびろ姿で、うやうやしく名刺めいしまで差し出してくる。

 対する巫女の反応は、すこぶる面倒臭そうな顔を隠そうともしない。



 場所は森に囲まれた山の中腹に位置する、とある神社じんじゃ。周囲には人の気配が無く、街の騒音そうおんも届かない。天候てんこうにもめぐまれ、快晴かいせいな青空がまぶしい。

 そんな二人が立っている場所は、神社の屋根やねである。日本最古の神社じんじゃ建築けんちく形式けいしきでもある大社たいしゃづくりと呼ばれ、その屋根の傾斜けいしゃはかなりきつく、とても登ってこられるような場所ではない。

 ――普通の人間だったらの話である。


貴方あなたが新人の……えっと」

萩原はぎわら慶郎よしろうと申します。ほら、名刺にもYoshiroと」

「うるさい」

「はいスミマセン」


 名刺を指差す慶郎よしろうさえぎって、巫女がにらみ上げる。二人の体格差は大きく、一五〇センチにも満たない巫女に対し、慶郎の身長は一八〇センチを超えていた。向かい合うとどうしても見上げる高さに顔がある。


「それで、貴方が悪夢あくむばらいになったきっかけは?」

「え? そこ重要ですか?」

「いいから答えろ! このっ」

「痛ってッ」


 すねられ片足で悶絶もんぜつするなさけない姿は、いいとしをした男とはとても思えないリアクションだった。彼は初老しょろうを迎える四二歳である。


「えと、残業を終えて帰る途中、駅のホームから落ちました。帰る為の終電に乗ろうとしてまさかねられるなんて、マヌケですよね」


 えへへとれ笑う慶郎は再びすねの痛みに悶絶する。しかも今度は反対の脚だ。


「け、らないで下さい、落ちちゃう」

いてるのはそこじゃない。エクソサイズに選ばれた理由を訊いてるの」

「え? えくささいず? ――痛ってぇッ」


 屋根から転げ落ちそうになるのをなんとかこらえ、慶郎は立つのをあきらめて体育座りになる。


「いやぁ、実はまだよく解ってないんですよ。死んだんだなってのは理解しているんですが、その後はただツルの指示にしたがっただけで――」

「……はぁぁ」


 巫女の強烈な溜息ためいきが男をだまらせ、そのタイミングでようやく鶴がお出ましとなった。


「あら、もう挨拶あいさつは済んだのかしら」

「まだ」


 飛んでくるでもなく現れた鶴は、白藍しらあい色の発光と共に出現した。詳細を何も知らない慶郎はひとみをパチパチさせ、泡を食ったように口を開けたまま動かない。


「そうやって出て来るんですね」

「あら、おどろいたの? ちなみに慶郎さんも同じよ」

「えええッ?」


 そんな慶郎をお構いなしに、巫女はめた目付きで鶴を見下ろす。


「で、新人教育はどうなってる訳」


 明らかに不機嫌な巫女を見ても、鶴は動じない。


「なに言ってるの、一通りは終わってるわよ」

「はあ?」

「もう慶郎さんは魍魎もうりょうを一匹ってるし、説明も済んでるわ」


 それを聞いて、巫女の眼差まなざしはギロリとするど変貌へんぼうし、体育座りで丸くなっている男を凝視ぎょうしした。


「いやいやいやいやいやいやっ、確かに色々と教えてもらいましたよ! でもね、でもね、死んで間もないんですから、混乱こんらんして当然でしょう!?」


 身振り手振り慌てて同意を求めているが、もはやゆるしを得られるはずもなく、巫女のひやややかな視線が突き刺さる。


「それで慶郎さん、今後の行動について順序じゅんじょを教えて頂戴ちょうだい。なんだかんだ把握はあくはしているのでしょう?」


 鶴の提言ていげんを理解した慶郎が立ち上がる。鈍感どんかんに見える彼も、押さえる点は押さえている。巫女は知らないが、こう見えて慶郎も悪夢あくむばらいのさいを見込まれたからこそこの場に居る。

 背広の内ポケットから取り出されたのは年季ねんきの入った手帳。彼は何事もメモをとるのがくせだった。


「えっと、僕に課されている任務は――指定地域の霊障れいしょう反応はんのう察知さっち、及び報告。妖魔ようま痕跡こんせき調査ちょうさ、及び偵察ていさつ悪夢あくむからの生存者を観察かんさつ、及び生活実態調査。でしたかな」

「ちゃんと解ってるじゃない」


 鶴が満足気にうなずく。そのわざとらしい仕草しぐさしゃくさわった巫女だったが、何も言わずにこらえた。


「それで今から向かう先が、という男子中学生の家です。なんでも、つい最近、したとか」


 その名前が男の口から出たことで、ようやく巫女の表情に覇気はきあらわれる。


「気を付けてね。あの少年、不幸なことに悪鬼あっきの被害にったの。厳密げんみつに言えば狙われたのは恋人の笹倉ささくら綾子あやこの方なんだけど、一度でも悪夢にまれた人間は徘徊はいかいする魍魎もうりょうに再度狙われやすくなるわ」


 真剣に語る巫女の顔を見つめ、慶郎もうなずく。


「鶴さんから聞きました。偶然ぐうぜんに悪夢へ捕らわれた人なら一度生還できればそれきり普通の生活に戻れるのですが、悪鬼あっき悪霊ゴースト悪魔デビルといった親玉連中に狙われると、したがまた狙うのだとか」

「そう、つまり村田達也を監視するあなたの役割は――」

「危険度の高いミッションですよね」

「そういうこと」


 先程までなごやかな雰囲気だった筈が、この時は慶郎も真剣である。


「では、さっそく向かいますわ」

「気を付けて」


 慶郎が背中を向け、あおい光の玉となって屋根から消えた。鶴が現れた時と逆のパターンである。


「あの男、大丈夫かしら」


 慶郎を見送った巫女がつぶやくと、鶴が羽を広げる。


「さ、私達はいそがしいわよ。悪魔デビル痕跡こんせきをもういちどあらいましょう」


 巫女と鶴も、慶郎と同じように碧い光の玉となり屋根から離脱する。

 彼女達は人知れず、人々の不幸をむさぼる悪夢をはらう、ハンター達なのだ。



 

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