消えた幼馴染:5

 

 一人の少年が町中を走り回っていても、いそがしい人々にとってはさほど気に留める事柄ことがらではない。

 巫女みこが告げた通り、少年の記憶から悪夢は消えていた。襲って来た魔物の姿も、巫女との会話も、最後に見たツルの姿も、跡形あとかたも無く少年は覚えていなかった。

 鳥居とりいくぐった少年は元の世界へと戻り、りることなく、行方不明のまま戻らない幼馴染を探し続けている。

 悪夢にり込まれたことで一時は行方不明騒ぎにもなったが、記憶にない少年は放課後に旧校舎から戻っていた。


 巫女からの「探しモノはもう見付からない」という通告つうこくも、少年の記憶には無いのだ。あの悪夢のような場所に居た記憶すら無い少年にとっては、今この瞬間も、幼馴染が居なくなってしまった日から時間が止まったも同然だった。

 何か変化があったとするなら、行方不明者の情報提供を求むチラシを制作してくれた父親の協力と、幼馴染の両親も共に町中を探し回ってくれている事だ。

 巡回じゅんかいするパトカーを見付けようものなら、少年はすがるようにせまって、新しい情報は掴んでいないか毎度のように確認しているが、音沙汰おとざたないままである。


 次第に、協力者は増えた。少年の担任教師と、クラスメイト数名だ。毎晩のように走り回っている少年を見るに見かねた交番こうばん勤務きんむの巡査も、担当外ではあったが、通行人にチラシをくばってくれる等の協力をしてくれていた。

 これらの人々が温かみある行動をとってくれたのは、少年の努力の賜物たまものと言っていいだろう。少年は皆の協力を心から感謝し、顔を見合わせる度にお礼をべる事を欠かさなかった。


 徐々じょじょに、少年の顔から笑みがこぼれるようになったのは、明るい未来へ向かっている気がしたからだろう。周囲の人々も、少年が普段の生活に戻れる未来が近いと感じ、共に心温まるものがあった。


 しかし当然ながら、巫女が告げたように、幼馴染が見付かる事はなく、足取りの痕跡こんせきすら見付からぬまま、この失踪事件は迷宮入りを迎えた――。



        ×        ×



 あれからも懲りる事を知らない少年が町中を走り回っていると、その姿を見下ろす冷たい視線があった。


貴女あなた余計よけいな事を言うから、村田達也はこうしてしまったままよ」


 一二階建て複合商業ビルの屋上から、黒髪を風になびかせた巫女みこが少年を見下ろしている。時刻は夜の十一時を過ぎた夜空の寒気と、人のいとなみがしずまりつつある静寂せいじゃくの中。

 その彼女の隣で、一羽のツルも少年を見つめていた。


「あれを呪いと表現するのなら、人の世はむなしい泡沫うたかたね」


 魔物から少年を救出するよう進言しんげんした女の声で、鶴がしゃべった。少年が鳥居とりいくぐった際に聞こえた声である。


「ワタシが教えてあげたのは、彼の為というより、よ」


 鶴がそう断言だんげんすると、巫女はあきれて鼻を鳴らす。


「フン、それのどこが彼女の為になるのよ。笹倉ささくら綾子あやこは悪夢の中で死んだわ。だから遺体いたい。なら、彼を早く解放してあげる事こそが彼女の為よ」


 そう喝破かっぱする巫女とは対照的に、鶴は平然と抗弁こうべんする。


「あのは最期まで、幼馴染の少年の事が大好きだった。その想いを彼に知って欲しかったのよ」

「悪夢の中の記憶は消えても、のよ。そのせいで、警察の捜査が打ち切られた今となっても、彼はしばられたまま。これ以上の苦しみを与えるべきじゃなかった」


 少年が鳥居を潜る直前に鶴が伝えた言葉、「彼女は最期に、キミの名前を呼んでいたよ」――これが悪夢の中で死んだ笹倉綾子の為になったのだと、鶴はとなえる。

 対して、その言葉を聞かせたせいで、村田達也は今まで以上に笹倉綾子に執着しゅうちゃくしてしまうと、巫女は忠告ちゅうこくする。

 悪夢の記憶は消えても、少女の最期を知った少年の悲壮ひそうな想いは、現実世界でも胸に残ってしまうらしい。

 これが少年にとって良いのか悪いのかは、本当の意味では誰にも解らない。



 

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