消えた幼馴染:4

 

 周囲は見渡せど赤黒い岩肌の荒野。ここには文明を臭わせる知的建造物が皆無かいむだった。なぜこのような場所に迷い込んでしまったのか判らぬ状況でも、巫女の背中を追う少年の思いはただひとつ。「探しモノはもうどこにも無い」と言われた事への追及だった。


「待って」


 なりふり構っている場合ではなかった。少年は巫女に追い付くと、その肩を乱暴につかんだ。


綾子あやこのこと、知ってるんですか⁉」


 今ようやく、自分と背丈せたけの変わらない巫女の少女が、年齢すらも差が無い幼い少女なのだと判った。探している幼馴染よりも若く、下手をしたら自分よりも幼いのではないか。少年は不可解な状況に困惑こんわくする。

 狂暴な魔物をまたたく間に成敗しておいて、その正体が未成熟な女児だと誰が気付けただろうか。

 納得のいかない思いにかぶりを振り、少年はあらためて問う。


「あなたは、知ってるんですね」


 少年はもうこの時には判っていた。この巫女が放った言葉の意味を。

 要するに、笹倉ささくら綾子あやこはもう死んでいるから、探すな――と。

 冷静に事実だけを告げた巫女に対し、感謝に似た感情を抱きつつも、だからこそ引けない想いがせめぎ合う。相手に対する失礼を承知しょうちながらも、少年は食い下がった。


「綾子は、今どこに居るんですか」


 巫女の肩から手を離し、少年は半ば泣き出しそうな瞳で訴える。自分はまだ、帰る訳にはいかない、と。

 その姿を無言で凝視ぎょうしする巫女。切り揃えられた前髪でまゆは隠れ、長い睫毛まつげがゆっくりとまばたきを繰り返す。感情を全く表さず、何を考えているのか読めないてつ面皮めんぴはこの場の状況とあいまって不気味に見えた。

 すると巫女は腕を伸ばし、少年の後方を指差した。


「戻りなさい。あの鳥居とりいくぐれば、アナタは悪夢から覚めるわ」


 その指先が示す先へ目をやると、今まで無かった筈の鳥居が建っていた。

 真っ赤に塗られた鳥居は三重に並び、奥へ進む程その中はまばゆく発光していて詳細が見てとれない。そこだけ激しい直射日光を浴びた石畳の道が、辛うじて確認できたが、その先はやはり見えない。ライトを顔に向けられた眩しさで前が見えないのと同じだ。

 魔物から逃げ回っていた時に、あんな鳥居は無かった筈だった。その時に見付けていれば、外へ繋がる出口だと思い走り込む筈だ。こんな広々とした荒野の中にいて、あそこまで眩しい鳥居を見落とすなどあり得ない。


「あれは――」いったい何なのだと訊こうと巫女へ視線を戻すと、そこに少女の姿は無く、


「なにしているの、早くこっちへ」


 巫女の声は鳥居の手前から発せられた。いつの間に、いや、一瞬にしてあんな場所へ移動したのか。気配も音もなく、少年の真横に居た筈が、どうやって二〇メートル以上離れた鳥居までうつったのか、判る筈もなかった。


「帰りなさい、アナタが居るべき世界へ。もうここへは来る事もないでしょう」


 ようやく鳥居の所まであゆった少年に、巫女が淡々たんたんと告げる。


「ここで見たもの、聞いた話は全て。元の世界で、アナタは今まで通りの生活を過ごすのよ。さぁ、帰りなさい」


 一瞬、少年は素直に言う事を聞こうとも思ったが、半歩進んだ足を、途中で止めた。


「まだ、話の途中です。あなたは、なぜ僕が探しているものを知っているのですか」


 少年が見つめる先は、何も無い岩肌だった。感情をいた巫女の顔を見つめる勇気がなく、目を見て話す事ができない。


「無駄ないよ。どうせ記憶に残らない」


 やはり、巫女の返答は冷たかった。

 少年は確信していた。間違いなくこの少女は今の状況を理解し、支配している立場にある。この場所も、斬った魔物の正体も、消えた幼馴染の行方も知っている。

 なのに、何も教えてくれないのだ。ひとつだけ答えがあったとするなら、それは、消えた彼女はもう、二度と見付ける事はできないという残酷な事実だけだ。その理由も、過程かていも知る事はできないのか――。


 動こうとしない少年にしびれを切らしたのか、巫女が未だ持っている薙刀を大地に突き刺した。その衝撃は尋常でなく、辺り一帯の小石が小刻みに震え、岩肌に亀裂きれつを生んだ。

 言うまでもなく、脅迫である。


「わかりました……」


 少年は恐さよりも、あきらめの心境しんきょうで歩を進ませた。

 自分は何も知らないまま、何も解決しない元の世界に戻るのかと――。



 鳥居を目の前にした少年の背中へ、姿が投げかけられた。


『彼女は最期に、キミの名前を呼んでいたよ』


 少年が慌てて振り返るが、その時すでに遅く、鳥居に一歩踏み込んだ事で未知なる力が働き、少年の体は眩い光に包まれ、引き返す事は許されなかった。


 最後に少年が見たものは、凛々りりしい姿のツル一羽いちわ、静かにたたずんでいるだけだった――。



 

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