消えた幼馴染:3

 

 何度もころびそうになりながら必死に逃げ惑う少年の姿を、冷たい眼差しでながめるもう一人の存在があった。


「生存者が居たわ」


 前髪が綺麗きれいに切りそろった巫女みこ姿の少女は、それがれた光景であるかのように、少年を追い回す魔物を観察かんさつする。


危険きけん配列はいれつはグレードツーかな。もう少し大物を予想してたのに」


 呑気のんきつぶやく少女の頭上から、大人びた女の声が降りかかる。


『なにボサっとしているの! すみやかに生存者を救助なさい!』


 姿の見えない声に押されて、巫女は気怠けだるそうに歩き出す。相変わらず表情に変化はなく、退屈たいくつそうに目を細めている。



        ×        ×



 魔物から逃げ回る少年が、いよいよ捕まりそうな距離にまで追い詰められた。腕を伸ばし、蜘蛛くもの脚のような細い指が少年の背中をかすめる。遮蔽物しゃへいぶつのないこの荒野を走り回ったところで、体格でおとる少年が捕まるのは時間の問題だった。

 死に物狂いで身をかわす少年が反転し、魔物との距離が一瞬だけ開いたその刹那せつな、少年をえた巫女が着地する。

 草履ぞうりみしめた大地がくだける勢いは、人がり立った衝撃とは思えない。それもその筈、彼女が跳んだ飛距離は三〇メートル余りで、その高さは一五メートルをゆうに超えていた。

 当然その脚力きゃくりょく人外じんがいの力が働いたことは明らかで、落下スピードすらも加速する大移動であった。


 目の前に現れた衝撃が少女だとは気付かず、余りにも強烈な落下物に少年の腰が抜ける。

 魔物との間に割って入ったが、ようやく巫女の姿をした少女だと判った時には、少年は背中から倒れ込んでいた。

 もう冷静でいられる筈がない。みにくい魔物が獰猛どうもうな動きで迫って来た矢先、頭上から降って来た少女の手には全長二メートルもの薙刀なぎなたが握られている。


「危ないからそのまま寝てて」


 少年に背中を向けたまま、少女が何か言ったようではあるがその意味を理解するより先に事態が急変する。

 少年を追っていた魔物は不気味な目玉を見開き、邪魔に入った巫女につかみかかった。大人の人間をもにぎつぶしかねない狂暴な指先が広がり、氷柱つららのように強靭きょうじんな爪が襲い掛かる。

 もうかわせない――そう確信した少年が目をつむる。暴力とは縁遠い人生を歩んできた少年には、この近距離で人の血を見る勇気がある筈もなかった。


 次の瞬間には少女の体がつぶされてしまうのだろうと思っていただけに、降りかかる疾風しっぷうの連続に驚き、身が固まる。が振り回されている気配が、空気を裂いて乱れ飛んでいる。


 身の危険を肌で感じつつ、薄目を開けて見えた光景をうたがった。

 魔物の両腕が――バラバラに断ち切られている。


 あまりにも速すぎる寸刻すんこくの出来事に、思考が追い付かない。状況からして少女が武装した薙刀による仕業しわざなのだろうが、あの巨大な凶器を、まさか目の前の少女が使いこなしてしまうとは思えず、もはや現実味のない映画を見せられた気分におちいった。


 わずかに遅れて声を張り上げたのは、腕を失った魔物の絶叫だ。魑魅ちみ魍魎もうりょうの姿をしていても痛覚はあるらしく、あまりにも痛々しくて見ている少年まで顔をしかめてしまう。

 それをお構いなしに、巫女姿の少女が頭上に刃を構え、渾身こんしんの気迫で薙刀を振り下ろす。一刀両断された魔物は縦一文字に斬り裂かれ、胴体の半分を左右に分断される。

 勢いはそれだけにとどまらず、薙刀の刀身が大地に突き刺さると、周辺一帯を爆砕ばくさいたらしめた。まるでナパーム弾の着弾である。


 細身に見えても巨体であることに違いなかった魔物が、一瞬にして弾け飛び、肉片を巻きらしながら散布さんぷする。もはや原型がどうだったのかさえ解らぬ程に。



 少女が臨戦態勢を解き、何事も無かったような仕草で振り返る。


「悪夢は去ったわ。これで安心して」


 たったそれだけを告げて、少女がこの場を去ろうとする。そのあまりにも呆気あっけない素振りに、少年は慌ててすがるように立ち上がった。


「あのっ、ここはどこなんですか」


 必死に訴えてくる少年を尻目に、巫女は振り返る事なく言い放つ。


「もうアナタがはどこにも無いわ。あきらめなさい」


 その言葉が何を指しているのかすぐに判り、少年は引き下がる訳にはいかなくなった。いつも控えめで、気弱な少年だが、その言葉だけは認める訳にはいかないのだ。

 なかば怒りに似た感情で、少年は巫女を追いけた。



 

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