消えた幼馴染:2

 

 悲観的ひかんてきになることなく、常に希望をもって幼馴染おさななじみを探していた少年であったが、いよいよそれも限界を迎えようとしていた。

 入学して早々、少年の情緒じょうちょいちじるしく低下し、意欲、食欲、気力にいたる生きる上でのステータスが危機的状況にあった。


「村田、おい村田」


 机にした姿勢で授業を聞いていない少年は、教師に幾度いくどと呼ばれても返事をしなかった。当初から真面目な生徒だと認識はあるし、他の教師からも評判ひょうばんが悪いという話もない。しかしここ数日、確実に少年の容態は悪化している。



 新入生を抱える一学年の教師たちは例年どおりのいそがしさで、今年も例外なく仕事が山積みである。そんな中での職員会議では、生徒たちの特長や個性、交友関係や家庭事情などの情報交換が行われる。

 序盤こそは問題児とされる悪童たちの対処法が持ち上がるが、続いて話題にあがったのは、ここ数日あきらかに元気を失った少年の話である。


「四組の村田君なのですが、どうやら二学年の笹倉ささくらさんと幼馴染だそうで、毎晩、捜索をしに町中を探し回っているそうなんです」

「それは……可哀想かわいそうですね」


 教師たちが一斉に表情を暗くする。この状況で深夜の外出を問題視する場違いな教師はおらず、誰もが少年の気持ちを同情した。


「それにしても笹倉さんの情報は何も無いんですか? 警察はさらに捜索隊を増やした筈ですが――」


 学年主任がそう疑問ぎもんていするように、警察から学校側へ新情報はなにも入っていなかった。ただでさえ女子生徒が行方不明という大問題を抱えている中、一向に解決に近付くきざしすら無いのは如何いかがなものか。

 どうすることも出来ない歯がゆい現状に、少年をはげます言葉も思いつかない。

 少年への今後の接し方などをまとめ、教師たちはできる限りの最善を尽くそうと、いつも以上に会議が長引いた。



        ×        ×



 ある日、少年は給食の時間になっても席に戻らず、取り壊しが決まっている誰も居ない旧校舎の階段に座り込んでいた。その落ち込む様は見るからに憔悴しょうすいしきっており、感情の無い眼差まなざしで廊下をながめるだけだった。


綾子あやこ……」


 もうずっと会えていない幼馴染の姿を求め、走り回った体はすでにボロボロだ。どんなにあたらしい制服で着飾きかざっていても誤魔化ごまかせない疲労が滲み出ている。

 その手には、プレゼントにもらった手縫てぬいの手袋がにぎられていた。ひと時も手放したりしなかった大切な宝物。幼馴染の愛情がこもったそれは、まるで半身はんしんのように少年と共にあり、今でも少年の心のささえとなっている。



 今夜は学校裏にある廃工場を調べてみようと決意し、残りの授業を消化する為に立ち上がった時だった。とてつもない空気の変化を感じ、身が固まる。へびにらまれた緊張のように、全身のみゃくが激しく鼓動こどうする。

 座り込んでいた階段から立ち上がる、たったこれだけの一瞬だというのに、辺り一帯の景色けしきが悪い夢の世界のような奈落ならくの底を思わせる暗闇くらやみに変わっていた。


「……ん?」


 状況を理解しようとこころみるが、全く思考が追い付かない。地獄へ繋がる荒野のように、赤黒い岩肌の大地が無限に続く世界。天井てんじょうには月も星も無い漆黒の闇。風を感じないのに、不気味にひび換気口かんきこうかられたような風のうなりが絶え間なく続いている。


 どう考えてもここは普通ではない。どういう経緯けいいでここに迷い込んだのか、そればかりが思考をふさぐが、とにかくこの場を離れなくてはならないという危機感だけがふくれ上がる。こんな所に長居していたら危険だという生存本能が機能し、少年から冷静さを奪い去った。


「どこだっ……どこだっ……」


 方角すら判らない地獄の荒野を走り、我を忘れて出口を求める。どうやってここへおとずれてしまったのかさえ見当も付かない中、確かな気配を背後に感じる。

 振り返って確認したいが、怖くてできない。だが確かに、後ろにが居る。


 少年はひたすらに走り続けた。うまく呼吸ができない、さらにうまく走れもしない。まるで夢の中にいるような――。そこでようやく、この状況がなんなのか推測すいそくが付き、少年は走りながら振り向いた。これが夢なら、大丈夫。そう思った矢先やさき、背後の気配が何だったのか視認しにんできた瞬間、少年は吐き気に襲われた。


 みにく魍魎もうりょうが居る――。

 目玉をギョロギョロと動かし、れ落ちるよだれを隠そうともしないけた口。見た瞬間に解る、は自分よりも大きく、自分よりも重い。

 怪獣という表現より、妖怪ようかいと呼ぶに相応しい異形いけいの魔物だった。


 ただでさえこの地獄の奈落という絶望的な恐怖に包まれているというのに、が涎を垂らし標的としているのが自分なのだとすぐに判り、少年は声にならない絶叫をあげて、壊れた操り人形のような無様な姿で逃げるしかなかった。


 

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