鶴の怨返し

みたらし先輩

第1話:消えた幼馴染

消えた幼馴染:1

 

 今日もいつもと変わらぬ、清々すがすがしい一日だった。


「それじゃまた明日」

「うん」


 幼馴染おさななじみから向けられたおだやかな笑顔に、少年は顔を赤らめた。もう何度も伝えようと思いいだいていた気持ちを伝えぬまま、また今日も別れの時間がやってきてしまった。

 ――君がスキだ。その短い言葉が、どうやっても声に出せない。

 ランドセルを背負った少年には、その一言がとてつもなく重たいモノであり、大切な言葉だったからだ。

 そんな彼も、あと二ヶ月もすれば幼馴染と同じ中学校に進学する。



 両親からの入学祝いはなかった。替わりに「何が欲しい?」と父親に聞かれ、少年は声を固くして答えた。


「時間が欲しいんだ」


 真っ直ぐなひとみでそんなことを言うものだから、父親はしばらく考え込み、そばで聞いていた母親は笑いをおさえた。

 彼が欲しかったのは、幼馴染と過ごす、かけがえのない時間なのだ――。


 近所ではすでに恋人同士という認識をされていたが、少年は背伸せのびすることなく、しっかりと気持ちを伝えていく覚悟かくご信念しんねんがあった。気負きおいした部分もあったであろう。しかしそれも、しあわせの時間をかさねる貴重きちょうな時間であり、大切な思い出だった。

 いつもの待ち合わせ場所で、いつも通りの日常を送り、いつも通りの別れの時間を迎える。


 少しだけ遅くなったが、幼馴染から入学祝いが渡された。季節的にも遅い、手編てあみの手袋だ。寒かった冬の間、何度も失敗し、何度も編み直したのが遅れた原因だった。

 桜が散った直後の春は、風向きの悪い日は肌寒いことが多い。――という理由で、少年は毎日毎日、欠かすことなくその手袋を着用していた。その姿を見れば、両親も口をはさむことなどできない。誰もが認める、なかむつまじい二人の心温まる日常は、このまま延々えんえんと続くものと誰もが信じていた。


 それなのに、幼馴染は姿を消した――。手袋を少年に渡した、一二日後のことである。



        ×        ×



 捜索そうさくねがいはその日の内に受理され、警察の初動も早かった。家出のうたがいがない十四歳の女子中学生が行方不明ともなれば、地元での話題が大きくなり、下手を打ってしまえば警察へのバッシングは強くなる。迅速じんそくな捜査と早急な解決が求められる案件のひとつだ。



 それからというもの少年は毎夜まいよかす事なく遅くまで町中を走り回り、幼馴染の姿を探し回った。

 家出の可能性も絶対に無いとは言い切れない、誰にだって人に話せない悩みがある――そう自分に言い聞かせ、必死に走り続けた。事情を知らない通行人たちから怪訝けげんな顔を向けられるも、少年は構わなかった。

 もしかしたら誘拐ゆうかいという線だってあるかも知れない。誰かに連れ回され、怖くて逃げ出せない可能性もある――そう自分に言い聞かせ、少年は息を切らし続けた。


 もう靴もボロボロだった。三日三晩、毎日欠かさず幼馴染を探し続ける少年の靴は、まるで戦地の兵隊かのように汚れ、どこをけ回ったらそうなるのかと疑問に思ってしまう程のきずおおわれていた。

 毎日毎日、捜索に明け暮れる息子を心配し、父親が呼び止める。


「きっともうすぐ帰ってくるだろ。後は警察に任せなさい、お前は充分に頑張った」


 少女が消えた日をさかいに、人が変わってしまったかのように憔悴しょうすいした息子を心配しての言葉だったが、少年は聞く耳をもたなかった。

 非情にも、時間だけが残酷に過ぎていく。ついには学校から連絡が入り、午後から少年の姿が見当たらないとのことだ。

 母親はパートを切り上げ、父親も勤務先の工場を定時で退勤する。

 二人は駅前で落ち合い、息子の身に何かあったのではと懸念けねんせずにはいられない。


「まさかアイツ、学校を抜け出してまでして――」

「学校に黙って出ていくなんておかしいでしょ、あの子の身にも何かあったのよ」


 人混みの中、どうすればいいのか判らない両親が狼狽うろたえる。家族ぐるみに仲の良かった少女が姿を消して二十日を迎える頃だ、息子の様子が日に日に弱っているのは目に見えていた。

 どんなに遅くても夜中の一時には帰ってきていた息子ではあったが、もしかしたら――最悪の結末を迎える可能性がよぎる。


 大切な人をうしない、正気をたもち、気丈きじょうでいられる人間は少ない。それが痛い程に解っていたのに、寄り添うことが出来てなかったのではないかと、両親は自分たちをめた。



 少年が警察に保護されたのは、翌朝の雨の日だった。



 

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