奥様は罪作りだと思うのです。
かなめ
女装メイド、お世話をする。
ベッドの中で彼が用意した目覚めのための紅茶を存分に堪能した後、衝立の向こうで着替えてドレッサーの前に移動する。
窓ガラスの向こう側は珍しく青空が広がっていた。
「今日はいい天気ね、アズ」
「そうですね。風もそれほど強くなかったので掃除がはかどりました。本日の御髪のご希望はございますか」
どうせいつものだと返ってくるのは分かりきっているが、一応アズは主人をたてて希望を聞いてみる。たまにはお任せでとか言って欲しいけれど、諸事情で飾り立てられることが不得手なひとだというのは雇われて数日で先輩メイドから叩き込まれた。
「んー。いつもので!」
「またですか? せっかくこんなに艶やかなブルネットなのに」
やり甲斐がないじゃないですか。そう不満げに言いながらも、アズは自分とお揃いにしたがる女主人の我儘を今日も聞いてしまう。
丁寧に毛先からブラッシングをおこなって、軽く頭皮のマッサージをしてから、解けない程度に緩く細かく編み込みをしていく。
器用な指先で自分のように作業の邪魔にならないようきつく編むのではなく、いつまでたってもどこか少女めいた彼女だがある程度は年相応にみえるようなものをと彼は先輩メイドや近所のオールワークスや、他の奥方から情報を仕入れては影でこっそり練習していた。
「ねえアズ」
「なんですか」
「また身長伸びた?」
「……そうですね。そろそろこの服も似合わなくなると思うんですけど」
「あら、もう少しなら大丈夫よ」
それは一体誰を餌食にされたんでしょうか。そう思ってもアズは口にしない。
遠回しにいい加減、女装のようなこの状態を辞めたいと訴えるけれど毎回却下されるまでがセットだった。
女装のようなというより、完全に女装である。
なまじ、彼女の拾われたときのアズは低身長でふわふわした猫毛を切るのが面倒というだけで放置していたし、顔も話し方も男の子らしくなく完全に女の子だと誤解されていた。着替えるために先輩メイドに丸洗いされた時に男の子だと確かに知られたのに、問答無用で裾の長いメイド服を着せられ、髪型も軽く整えられた後に三つ編みに編み込まれた。
「あらあらまあ、とても可愛いわ」
身繕いしたあとの、第一声がそれだった。
「あの」
「じゃあお仕事頑張って覚えてね」
「え?」
反論の余地も猶予もなかった。拾われた恩もあったのでいまだにアズは女装をしている。この間は世間で出回り始めたばかりでかなり高価だろう眼鏡もいただいた。
正直、そろそろ女装は辞めたい。辞めたいのに、先輩たちもご近所の奥様方も、雇い主のあらあらまだ似合うのだからいいじゃないの一言に付き従っている。どうにも逆らえきれない。
「出来ましたよ」
「うふふ。ありがとうアズ」
そう、感謝の言葉とともにぽやぽやと微笑む彼女をみるのは嫌いじゃないから、アズは困るのだ。
いつになったら男としてみてもらえるかなあ。そう無意識にこぼしたアズが、初恋を拗らせているのは誰の目にも明白だった。
ただ、その呟きをうっかり聞いてしまった周りは、アズがそんな気持ちを抱いていることを知っている。
知った上で放置して、青春してるなあと見守っているのを、アズだけが知らない。
終わり
奥様は罪作りだと思うのです。 かなめ @eleanor
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