第2話 この世界の片鱗にふれる②



 大きく開いた門の両側に六尺棒を捧げた斑猫がいた。襷掛けした紐で格子模様の着物の袖をたくし上げ、袴を腰で端折っている。腰には両刀を差している。明らかに門番だな。


 三毛猫は馴染みのようで、軽く挨拶して、門を通る。門の中は、似たような服装をした猫、猫、猫。それに交じって、裃に袴をつけた猫。羽織に袴を着けた猫。どうやら役職によって服装が違うようだ。


 と言うより、門の中が広い。玄関までが遠い。門から建物まで、アプローチが続いているけど、建物が結構先だ。もう足がプルプルしている。生まれたての小鹿より非力な脚力。多分、一度座ったら立ち上がれない自信がある。三毛猫は脇目も振らず、スタスタ前を行く。袖を掴まれているので、自動的に着いて行く。でなければ、確実に途中でへたり込んでいるな。


 三毛猫に連れられて、建物の中をぐるぐると果て無く歩いた。どうやら、渡り廊下続きで、幾つもの建物を繋がっているようだ。もう始まりがどこだったか、見当も付かない。いや始まりどころか、現在地も不明だ。


 ここは、着物姿の猫人がいっぱいで、どうやら俺の出立ちは奇異らしく注目されている。少し猫背気味に前屈みになり、靴を抱えて、隙間からでも頭部が見えないようにしっかりと羽織を被る。もうこの服装を隠すことは出来ない。せめて、顔は死守するぞ。何故って?そりゃあ勿論、あの土手を上ってから二足歩行の猫しか見ていない。そこに人間が現れたら、どんな扱いになるのか想像がつかない。


 そんな思いを抱えながら、ひとつの大きな部屋に通された。その大きな部屋は控えの間らしく、中央の襖が開くと奥に大きな机を前に威圧感が半端ない黒猫がいた。真っ黒な紋付袴は葬式の装束のように光沢がなく、全てを飲み込みそうな闇のようなオーラが渦巻いている。その中で紋の白さと黒猫の鋭い金色の目が際立つ。


 その後ろに書類棚が並び、黒猫の手前に小さい机に書き物をしている斑猫がいた。

 黒猫が、太い手を前に突き出し、側に来るように手招いた。三毛猫に引き連れらて中央まで進んだ。そこでポイっと放り出された。もう疲れていた俺は、そのまま其処に崩れ落ちた。三毛猫は、綺麗な所作で俺の斜め後ろに正座した。


「その被り物を外しなさい」


 ああ、俺羽織被ったままだったわ。慌てて取ると、小さい机にいた斑猫がぴょこんと飛び上がり、全ての毛が一瞬で逆立ってひと回り大きくなった。ぽふっとな。俺は、羽織を軽く畳んで三毛猫に返した。元の位置に戻り、ちょっと悩んで体育座りした。本当は、小さくこじんまりと座りたかったけど、唯一のパンツがシワシワになるのも嫌で膝を緩める。斑猫は、前足、いや手……前……手の肉球をペロペロして、そのまま顔を整えている。落ち着け、落ち着けオレって感じだ。


 黒猫は、微動だせず、俺をじっと見据えている。偉そうな髭がピンっと張っている。金色に目がカッと見開き、虹彩が細まりスッと縦に一本になって元に戻った。


「お主、名は何と言う」

「…………」


「名を問うている」

「…………」


「名を問うておるのだが」

 しつこい。聞こえていない訳でも意味が分からない訳でもないよ。黒猫の威圧感は半端ないとだけ言っておこう。


「俺の国では、人の名を尋ねる時は、先ずは己から名乗れという言葉がある」


 今の俺の立ち位置が分からないが、へりくだる必要を感じない。


 黒猫はピンと張った髭を撫で付け「ふむ」と頷いた。大きな眼を静かに閉じると再びカッと見開いた。


「成程。それも道理。ワシは、ここではオサと呼ばれている」


 呼び名なの?つまり、通り名でオッケーと言うことだ。

 わざわざ名前を聞いておいて何だが、こいつはボス猫っぽいな。如何にも親分って感じだ。俺の中で親分と変換されました。


「それで、お主の名は教えて貰えるかな」

「シンリと呼ばれている」


「ふむシンリとな」

 まぁ、同じく通り名だけど嘘じゃないよ。


「シンリは、どうやって此処に来た」

「歩いて……だな」


「歩きとな」

「ああ」


 もう結構歩いたな。足バンバンだし、しばらく歩くたくない。


「では、どうして此処に来た」

「そりゃあ、着いて来いって言われたからだな」


 親分は、顎をさすりながら頷いた。

「ほうほう、同行者がいたと言うことか。では、同行者は何処に?」


 俺は、控えている三毛猫を指差した。

「えっと、あのね……ええ……と、あの者に連れられて来た」


「へっ」

 親分は、目をまん丸にした。意外と表情豊かだな。それから、きゅうっと目を細め、暫し考え込んだ。


「そうではないのだよ」

 机の上を小刻みにトントントンと爪先で弾く。どういう様に話を進めるべきか考慮しているのだろうか。

 

 すると背後から、

「ふぉふぉふぉっふぉっ」

 高笑いが聞こえた。その笑いに親分は、ピキッと緊張した。視線で刺せるって、この事かと納得した。


 三毛猫は膝でにじり寄ると、パンと膝を叩いた。


「お前さんは、情報だけ引き出そうとするから上手くいかんのだよ」


 親分に不敵な(俺にはそう見えた)笑みを見せ、振り向いた。突然の行動に思わず腰が引けた。緩い体育座りをしていたので、ちょっと仰け反っただけでひっくり返りそうになり、慌てて後ろ手で身体を支えた。ああ、焦った。三毛猫が、真っ直ぐに俺を見た。怖いよ。こっちも目力有り過ぎ。


「お前さんは、分かっているのかい」


「へっ」

 質問が、抽象的過ぎて全然分かりません。


「ふぉふぉふぉ。分かるまいな」

「…………」


 自己完結しないで欲しい。本当にさっぱり分かりません。


「此処は、異種民族管理局じゃ。そして、此処は猫人族の国だ。この国に訪れた異種民族は、必ず此処で審問を受ける事になっておる。そして、其方は只人族と見受けられる」


 一気に情報来た。処理し切れません。ちょっと回想する。


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