この世界は【猫】人で成り立っている。

白雨空

第一章

第1話  この世界の片鱗にふれる①



 気付いたら、河原にいた。足元には、灰色の石が大小びっしり引き詰められている。


 何故、こんな所にいるのか記憶がない。記憶がないからこそ、ここは俗に言う賽の河原なのだろう。


 河原向こうに川面のきらめきが見えるが、渡し守も舟もいない。ここで、しばらく待機する決まりかな。


 なので、賽の河原でのお約束である石積みをする。時の経つのも忘れ、一体幾つの石塔を作ったか。芸術的かつ絶妙なバランスの塔が出来た。思わず、石塔に合掌。


「飽きた……」


 俺は、徐に立ち上がり、大きく伸びをする。屈み続けた膝がギシギシ言う。見廻すと石塔だらけだ。変化はそれだけ。


「お迎えが来ないのは、ここが賽の河原じゃなかったのか」


 渡し守以前に石塔を倒しにさえ来ない。まぁ、俺が子供じゃないからかな。


 向こう岸が窺えるので、川幅は然程広くはない。底が見える澄んだ水でも、深さは窺えない。流れも分からないので、無理に渡ろうとして、今度こそ本物の賽の河原に行き着くかもしれない。


 俺は、石塔群の向こうに置いた荷物を拾い上げ、自ら動くことにする。


「やっぱり、人のいそうな場所を目指すなら、川下なのかな」


 ため息一つ付いて、リュックを背負い歩き始めた。


 川から外れるのが怖くて、河原をずっと歩いていた。河原は、足場が悪く、気を付けないとすぐに足が取られてしまう。


 ふと、ざわめきが耳に付いた。

「あー、人の声がする」


 ずっと足元に気を取られて歩いていたけど、どうやら街に行き着いたようだ。周りを見回すと川幅は狭くなり、急勾配の土手の上に道がありそうだ。四つん這いになって、ちょっと短めな雑草を掴みながら、土手を登る。


 登り切った達成感と共に辺りを見廻す。

「ひょえぇー」

 思わず、口から変な言葉が漏れた。


 そこは、見知らぬ町。高層の建物が一切なくせいぜい二階建ての木造の長屋が並び、ぽつんぽつんと大きな暖簾の掛かった間口のある店。舗装されていない土を固めた道。古めかしいと言うか、はっきり言うとどこかの時代劇村のような風景だった。


 極め付けは、道行く人は人ではない。いやいやいや、行き交っているのは猫と言うか人型の猫と言うべきか、二足歩行し着物を纏う猫人だった。体長、いやいや身長は俺と変わらない位。ペットの猫が巨大化して、着物を着て、後ろ足で歩いている。しかも、なんか会話が日本語だよ。ざわめきの中で、聴き慣れた会話がはっきりと届く。


 長い時間歩いた身体は疲れ果て、この状況についていけない頭が強烈に痛い。眩暈さえ起こしそうだ。額を指先で押さえ、そのまま髪を梳くい頭を抱えると足元が覚束なくなりよろよろとしてきた。


 土手に手頃な石を見つけ、つい現実逃避したくて川に向かって座った。

「マジ頭痛い……」

 軽く瞳を閉じて、膝の上に抱えたリュックに頭を乗せた。


「もうし、もうし」


 どの位そうしていたのか、背中から声を掛けられた。


 リュックを抱え、丸まっていた俺は、ゆっくりと顔を上げた。と、すぐ目の前に三毛猫のアップと出くわした。


「ウォーッ」

 驚いた。度肝を抜かれた。一瞬で目が覚めた。一気に色んな事を思い出した。


「ふぉふぉふぉふぉ」


 三毛猫は、俺の背中から覗くようにかがみ込み、愉快そうに笑った。お気楽な笑い声を聞くと頭痛がぶり返してきた。指先でこめかみを揉み解すようにする。


「お主ここで何しとる」

「休憩」


 もう、何をしていても関係ないだろう。構わないで貰いたい。現状を整理するのはもっと時間が必要だ。


「行く当てはあるのか」

「……ない」


 頭が、思考を拒否して機能不全だよ。


「それならば、着いて来なさい」

 何故着いて行かねばならないのか訳が分からない。不快だと睨め付ける。


 三毛猫はふむと唸ると、

「ここにいてもしょうがないであろう」


 それも尤もだ。仕方ないなぁと気怠く立ち上がる。溜め息ひとつ付き、リュックを背負う。三毛猫は、俺をしみじみと眺めると徐に羽織を脱いだ。それを俺に差し出した。


「お主の出立ちは、いささか目立つ。これを頭から被りなさい」


 いやぁ、この服装で何とか侍のように羽織を被ったら、反対に目立つでしょう。ちょっとムッとしたが、面倒だったので反論もせず頭から羽織ると何とか侍より犯罪者のようだ。


 三毛猫に袖を引かれて、歩いて行く。これが、世に言うドナドナか。休憩していたが、足がいい加減キツい。もう歩きたくないと泣き言を入れようとしたら、大きな建物の前で立ち止まった。



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