第3話 追憶


かつて船で一緒に仕事をしていた友人との関係でそのような経験をしたことがある。


各国に寄港した際、毎回一緒になって食事や観光する友人と思っていた男がいたが、

彼が自分の仕事ぶりに本当は不満を持っていたことを間接的に知った。


経歴などで人を判断することの難しさも知ったことがある。

私は学歴が極めて優れた友人に対して才能に溢れていただけと不貞腐れていたが、彼のひたむきな姿勢を見て同じように取り組んだところ、彼と同じ成果を出せた。


そして、大柄な男だから精神的にも強いだろうと思っていたがそうではなく、小柄な男のほうが重圧に強いということもしばしばあった。

また、船上で働く女性は男に比べて小柄だが、男の平均よりは明らかに意志が強く、肉体面でのハンデを乗り越えようとする精神力には驚かされるばかりであった。


この船旅だってそうである。

船舶は航海用レーダーを用いて他船との距離や位置関係を推測するし、他船との意思疎通はVHF無線によって行う。目に見えない風や潮流によってジャイロコンパスが指す針路通りに道は進むこともない。


友人たちとの出来事を思い出しているうちに日が高くなり、流れる汗に海の塩分が混じって不快に感じるようになってきた。

服の表面も海水でなんだかべたついている。


沖合に出てしばらく経ったので、船に異常が生じていないかを再確認するために操縦をオートパイロットに切り替える。


「もやいが緩んでるから締めなおさないと。」


そう呟いてもやいが船外に落ちないようにきつく結ぶ。

船尾に落ちてスクリューに絡まりでもしたら、その場で漂流しなければならなくなる。こんな小型船の漂流なんて誰も気づかないだろう。


「まだ無線が陸に届くからいいけど、1時間後だったら本当にやばいことになってたぞ...」


ほかにも異常がないか船体を見渡すが問題は見つけられなかった。


沖に出るほど風は強くなる一方で波は穏やかになっていく。強くなった日差しが波に反射して目が痛くなる。


「サングラスかけるか。」


目の疲労は脳や肉体にもダメージを与える。

航海用レーダーの上に置いていたケースからサングラスを取り出して耳にかけ、暑さと眠気を追い出すために水筒に入れていたコーヒーを飲む。


「サングラスかけてコーヒー飲むとか街中でやってたら痛いやつ扱いだよなー。」


陸と海では環境が違うから当然だが、そんなことは百も承知で独り言を言う。

海は陸の上では味わえない過酷さや感動を与えてくれる。それは船乗りならば誰でも知っていることであった。


この旅もそのような感動を味わいたくて始めた面がある。

船で各地を回る仕事をした経験があったため、出会える感動や直面する困難をなんとなしに想像はできていたが、しかしこれは冒険であり1人での行動である。


感動を独占できる喜びと大きな危険に単独で対処しなければならないという不安を抱えながらも、船はそんな事情はお構いなしとでも言うように針路を進み続ける。

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