第2話 孤独
椿の何でも1人でこなそうという考えには矛盾が孕んでいた。
1つは自己完結能力を高めさらなる自由を得たいというものであり、
もう一方は自分の失敗や無能さが曝け出されたくないという過度の羞恥心である。
陸から離れ外洋に出ることは他人からの視線がなくなることを意味していた。
他者から注目されることなく自由を満喫することができる。
しかし、それは社会から自らを隔離するだけのものであり、とても自由とは言い難かったが、そのような事実を彼は認識しながらも1人で船を出したのである。
彼にとっては社会の中で何かを実現し評価されるといったことよりも、自分の信念に沿って夢や目標を達成することが重要だった。
自分が立てた目標を独力で達成するその過程に魅力を感じており、その充実感は何事にも代えがたいものだったからだ。
「この旅をすることで何を得られるんだろうか。この旅を経ても変わらないものはなんだろうか。」
そんなことを1人呟いているうちに陸地の姿は水平線に沈んでいた。
あたりには1隻の船もなくただ波だけが漂い、時折立つ白波もすぐに消えてしまう。
「風速10ノット、風向北北西の追い風か。」
単なる季節風であったが、沖に向かっている彼にとっては背中を押して応援してくれているかのように感じた。
帰路につく際には向かい風になるにもかかわらず随分と都合の良い解釈である。
波も北東へ0.5ノットと旅路を邪魔することのない穏やかなものであった。
東の方向に目をやると、多くの鳥が海の上を円を描くように飛んでいるのに気づく。
おそらく魚の群れでもいるのだろう。双眼鏡を使うと、鳥たちが魚が海面近くに出てきた時を狙い鋭いくちばしで挟みこんで捕まえている様子が鮮明に見える。
船を出してから1時間近く経過したが、鳥の群れがいるということは、陸地は目に見えないが物理的な距離はそれほど離れていないことを意味していた。
視覚だけでは実際の距離や境界を認識できないことを痛感させられる。
目に見えるものだけで判断できることには限界があった。
彼は自分の人生にも似たことがあったなと思索にふけるのであった。
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