その水平線を越えて

郵便ポスト

第1話 船出

コンクリートで固められたダビッドで滑車を回しロープを動かして船を下ろす。

重い船も滑車とロープを組み合わせたテークルの力で簡単に揚降できる。


1人で行うことが想定されていない作業だが椿はそれを単独でこなしていく。

数人で作業する時には、海に降ろされた船が流されないようにするために2人が乗り込んでいるが、彼らが行う作業を船が海面に着いてから1人で急いで行わなければならかった。


「やっぱり、誰かの手を借りた方がよかったよなあ。」


誰かの手を借りて船を出しても「果たしてこれは自分の力だけで成し遂げた旅なのか」という疑念に駆られてしまうのだからたちが悪い。


しかし、船も船を揚降する道具も自作ではないのだから最初から自分だけの力で旅することなど不可能なのだ。


出航の準備が終わり、船を岸から離して陸から遠ざかる。

海岸から離れるほど自由を強く感じる一方で、漠然とした不安も濃くなっていく。


重厚感があり巨大だったダビッドもどんどん小さくなっていき、人に比べれば大きいものの、今乗っている船を支えていた構造物にはとても思えなくなった。


水平線の先を見たいと思ったのが船に乗るきっかけであった。

水平線の先に外国があると思い、「いつかそれを自分で越えてみたい」と小さい頃によく考えたものだった。


10歳ぐらいの頃に、海の本を読み水平線が近いことを知ったが、そのことはそれを越えたいという思いに何ら影響しなかった。


「ここら辺が海岸から見た水平線かな。」


海岸から4.5km付近で1人呟く。

この先の水平線も越えていくべきなのだろうか。


さらに外洋に向かって行くと陸は見えなくなってしまう。

陸地という安心する場所から遠ざかることによる不安がこみあげてくる。


しかし、自分の手で海路を切り開く高揚感には抗えない。

例え海岸から数キロしか離れていないとしてもだ。


椿はその満足感を得ることを海に求め、水平線を越えようとしているのである。

もしかしたら、彼は水平線に自分が歩みたい人生を重ねているのかもしれない。

どんなに不安定かつ危険であっても自分の力で常に限界を超えていくことを。



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