リシアのお仕事その2 〜封印 後編〜
まずい! 侑花っ! 伏せて!
「え、ええっ? 何?」
侑花が状況を把握出来ずにいると、一際大きな破砕音が周囲に響いた。
その隙間から見えるのは、目。赤く昏い目。爬虫類特有の、獲物を狙う鋭い眼光だ。
「ド、ラゴン……?」
侑花はその場に立ち尽くした。
動けない。
呪いにかかったかのように、ドラゴンの赤い目に捕らわれた侑花は、その場から一歩も動けない。視線だけは、ドラゴンの目に釘付けのまま指一本動かせない。
石棺が、震えるように鳴動し、あちこちに亀裂が走る。
そして。
そこから漆黒の鱗で鎧われた翼が、堂々たる姿を現した。
石棺は、その動きに耐えられず、さらに大きく形を崩す。大小様々な破片が、周囲に砕け飛んだ。
「侑花っ! 危ないっ!」
祐一が叫ぶ。
岩が砕ける音が空気を裂き、咆哮する。
大地が悲鳴を上げ、振動する。
「──!」
一瞬の出来事。
侑花には、自分に向かって店で来る破片が、ひどくゆっくり見えた。
当たればただでは済まない大きさ、鋭さ、速度を伴っていた。下手すれば致命傷だ。
──避けなきゃ!
だが体が、まるで何かに縛られたように動かない。
その時。
祐一が侑花に覆い被さる。
思わず目を閉じる侑花。
ゴン、とか、ガン、とか鈍い音がした。
その後。
周囲が静かになった。
相変わらず大地の振動は続いているが、異様なまでに静かだ。
恐る恐る目を開ける。
「ゆ、祐一……?」
目の前には祐一の顔。気のせいか、酷く憔悴している。
顔色も悪いように見える。
だが、なぜか穏やかな微笑みを浮かべていた。
──と。
赤い液体が、侑花の顔にしたたり落ちる。
とっさに拭うと、それは赤い。祐一の血だ。
「あ……!」
そして祐一は、何かに安心したように侑花に体重を預け、崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと祐一っ!」
慌てふためく侑花。
祐一が庇ってくれたおかげで、侑花は無傷だ。
だが祐一は、侑花が呼びかけても反応がない。
「リシア! ジャニスに!」
分かってる! 今状況を聞いてる!
「祐一……」
こういう時は、余り動かさない方がいい。
そんな知識が頭をよぎる。だが、侑花は祐一の体を起こし、祐一の頭をそっと膝に乗せた。
じっと顔を見つめる。顔面蒼白とは、まさに祐一のこの表情を差すのだろうか。額にこびりついた血をハンカチで拭う。だがその血は、次から次へと流れ出る。
「リシアぁ……祐一が……」
自然と涙ぐむ侑花。
そうなるともう止まらない。
「私がゴネたから? 『石棺』の再封印を渋ったから? ねぇ誰か答えて! 悪いのは私なんだよ! 祐一は悪くない。お願い誰か……助けて」
大丈夫だよ。
「リシア? どうだった、祐一は大丈夫なの?」
侑花、落ち着いてね。
「う、うん」
うん。祐一は大丈夫。ちょっと大きめの破片が頭に当たって気を失ってるだけ。ジャニスが、中から治癒の魔法をかけて回復中。それより侑花。
「うん」
そう『石棺』がほとんど崩壊した。もうドラゴンを押さえる術がない。このままだと、祐一も侑花も、私もジャニスもドラゴンの餌になる。
「うん。分かった」
侑花は即座に覚悟を決めた。
自分を助けてくれた祐一に報いるため。
そして自分たちの世界を救うために。
おし。じゃいくよ。
「うん」
侑花の右腕をリシアが借り受け、天にかざす。
侑花を中心に、真っ赤な魔法陣がその姿を現した。
さぁ、侑花。
「……うん」
侑花は気を失ったままの祐一を抱きかかえ、そっと顔を近づける。
同時にリシアが呪文の詠唱に入った。その詠唱は、その場にいた
すべてのモノに対し直接語りかけられた。
『この世の理、万物を象りしモノ、この世界を守るモノよ。汝が世界を救うため、力を我らに分け与えん』
侑花の唇が祐一と重なる。
刹那。
魔法陣が白く変色し、輝きを増した。
そしてそれは、ほぼ崩壊していた『石棺』に向け、小さな粒子状の『光』となり降り注いだ。
翼を広げようとしていたドラゴンが明らかに怯み、その緩慢だが重量感のある動きを止めた。
次いで、周囲はまばゆいばかりの光に包まれ、石棺から感じていた気配が断たれた。
侑花が思わず閉じていた目を開けると、先ほどより『一回り大きな石棺』がそこにあった。
「リシア……」
終わったよ、侑花。
「いや、まだよ。祐一が!」
祐一は気を失ったままだ。乾かない血が、着衣の襟や侑花のスカートを濡らした。
大丈夫。ジャニスの治癒の術は成功してる。後は時間の問題。
「……うん」
うん。さっきの術で、この一帯の境域はこっちの影響化にあるうち。さっさと済ませちゃおう!
「おし。さあリシア、私の体を使って!」
分かったのだよ!
侑花は祐一をそっと地に寝かせ、立ち上がった。
同時に、侑花の茶褐色の瞳がすぅっと蒼く染まる。瞳孔が縦に伸び、薄い輝きを帯びた。
侑花が纏っていた空気が、雰囲気が変わった。
「さて。それではこのリシア様の魔法、とくとご覧あれ!」
リシアは両手を前に突き出し、目を閉じた。
『万物の根元よ。この世界の理よ。我が意に従い、それを穿つ穴を開けよ!』
朗々と響くリシアの呪文。
程なくして『石棺』のすぐ上の空間に、ほぼ同じ大きさの『穴』が開いた。
その穴は、砕けた石棺の破片や草木を吸い込みつつ、その大きさを広げる。
そしてリシアは、目を大きく見開いた。
『消えよ!』
侑花がリシアを通して見たその光景は、『穴』が『石棺』に食らいついたように見えた。
そして数瞬の後。
周囲に静寂が戻ってきた。
「はいおしまい」
リシアは『体』を侑花に返した。
「リシア、これでおしまい?」
そそ。これで完全封印した。ドラゴンの脅威はもう去ったよ。
「よ、良かったぁー」
そう言うと、侑花はペタンとその場にへたり込んでしまった。
どしたの、侑花?
「……」
侑花?
「……腰が抜けたの!」
さすがの侑花も、立て続けに魔法を見せつけられ、今まで張っていた緊張の糸が切れたらしい。
「あ、それより祐一は!」
見ると、祐一はまだ気を失っていた。だが、顔色は先ほどより幾分良くなっているように見える。
祐一はもう大丈夫。後はお家に帰って安静にすれば大丈夫。傷は残るかも知れないけど。
「そか」
そう言う侑花の顔には、安堵の表情が見て取れた。
「そういえばさ、リシア」
なにー?
「そもそもさー。キスって何の意味があったの?」
侑花は自分の唇を指で触りながら、その理由を尋ねた。心なしな顔が赤い。照れているのかも知れない。
うーん、とだね。この術は、そもそも、この世界の住人である『人間』とその理を知る『魔女』のそれぞれの『想い』が同じでなくてはならないのだよ。
「え、でも祐一は気を失って……」
祐一は何で気を失ったと思う?
「そ、それは私を助けようとして……あ」
そう。祐一は『この世界の住人』である侑花を助けようとした。そして侑花とあたし、そしてジャニスは『この世界』を救おうとした。『想い』が重なったのだよ。
「……そっか」
侑花は空を見上げた。
さっきまでの重苦しい雰囲気はなく、澄み切った青い空がとても綺麗だった。
「帰ろっか」
そだね。
*
そうして、人知れず世界を救った侑花とリシア、祐一とジャニスは、それぞれ転移の魔法で自分の家に帰ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます