リシアのお仕事その2 〜封印 前編〜

 何かに切り崩されたような大きな岩棚には、見るからに人工的な、黒い正方体の構造物が鎮座していた。

 大きさは五階建のビルくらいだろうか。

 表面は、血管のような筋が浮き出ており、まるで胎動しているかのように、規則的に明滅している。

 標高八千メートル。

 空気も薄く、溶けることのない氷の壁に覆われ、何者も寄せ付けない。

 そんな山頂付近に、それ・・はあった。


「これ?」

 そそ。それ。


 侑花が軽いノリでを指さした。

 が発する威圧感などお構いなしだった。


「こりゃ、時間の問題、かな?」


 祐一がジャニスに語りかける。

 その問いにジャニスがどう答えたのか、侑花には分からない。

 分からないが、祐一の表情を見る限り、時間的な余裕は、あまり残されていないように感じた。

 実のところ、自分の余裕もあまりない。


「ねね、リシア」

 はいな〜。

「はいな〜って……あんた『緊張感』て日本語知ってる?」

 し、知ってるってば。それくらい。

「まぁいいわ。それより、アレでしょ? あの石棺にドラゴンが封印されてるんでしょ?」

 うん。そうなのだよ。んで、状況から見て、もって後一週間くらい、かな?


 リシアはひどく曖昧な答えを返した。


「……かなって、あんた、そんな曖昧な。じゃあ下手すれば、今も危ないってことじゃないの!」

 ええと……? まぁそかな?

「あんたねー」


 侑花は白い息と共にため息をついた。


「侑花」


 祐一が侑花を呼んだ。


「何?」

「あんまり時間がないみたいだ」

「うん。そうみたいね」


 二人の視線の先には、脈動する石棺がある。

 今にもドラゴンが飛び出すのではないか。

 そんな危機感を、二人は共有していた。


「まず、何から手をつけようか?」

「ジャニスに聞いてみれば?」

「何でリシアじゃないの?」

「リシアは何も考えてない」


 侑花はばっさりと、リシアを斬り捨てた。


 ちょ、ちょっと待ってよ、侑花様!

「あによ」

 あたしだって、ちゃんと考えてるのだよ!

「ほほぅ」

 いやほら、目の前に石棺があるわけだし、ここはもうちゃっちゃと再封印しちゃえば。

「あんたはそうして、九百年後にまた誰かを犠牲にするわけね?」

 ……ぅ。

「私は、そんなのは嫌。やるならこの場で完全決着したい」


 侑花は決然と言い切った。

 言い切ったが、祐一が止めに入った。


「いやいや、侑花。人間がドラゴンなんかに敵うわけないでしょ?」

「んなモン、やってみなきゃ分かんないでしょ? こっちには『二人』の魔女がいんのよ? 九百年かそこらで破られるような封印以外に、きっと何か手段があるはず!」

「……」


 祐一は絶句した。

 そもそも、ここに来たのはジャニスに『ドラゴンの再封印』をお願いされたからだ。ドラゴンを倒すためではない。

 しかしだ。

 侑花の言う通り、九百年後に同じことが繰り返されるのなら、それは壮大な無限ループだ。その都度、その時に、その場にいる人間に迷惑がかかる。


「ねぇジャニス」

 

 祐一はジャニスに再度語りかけた。

 しばし、祐一とジャニスの会話が続いた。


「ねぇリシア」

 ほい?

「ドラゴンを倒す。そんな大規模な魔法ないの?」

 うーん……。

「ジャニス交えて話した方がいい?」

 そだねぇ。でも混線するよ?

「それで問題が解決するなら、混線くらい何ともない」

 ……分かった。


 こうして、人間二人と魔女二人のややこしい作戦会議が始まった。

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