リシアのお仕事その2 〜仲間〜

「ああ、やっと来た」


 祐一は、極寒・猛吹雪の山中、防寒着に包まれ、完全防備な状態で侑花を迎えた。

 吐く息が真っ白だった。


「でも、随分薄着だね……って! ぶほっ!!」


 大丈夫なの? と訊く前に、侑花に無言で張っ倒された。

 グーパンチだった。

 祐一は、盛大に雪面に突っ込んだ。


「何でっ! 何でそっちはそんなに重装備で用意周到なのにっ! こっちはガッコの制服だけなのよっ!」

「いきなり何すんだよ!」

「やかましいっ! 何が、『ああ、やっと来た』よ! こんなに寒いんなら、ちゃんと教えておきなさいよ!」

「僕だって、いざ出かけるって時にジャニスから教えられたんだよ! って……そっちはリシアから聞いてないのかよ!」

「なにおう!」


 侑花は、頭を掻きむしった。


「リシアっ!」

 ほいほい。

「ほいほいじゃないっ! あんた、なんでそんなに暢気なの? こっちは死にそうに寒いんですけどっ!」

 やー、寒いとは聞いてたけど、こんなに寒いなんて思ってなかったのだよ。

「あんた、ドラゴンを封印した時ここにいたんでしょ? なんでそれを忘れてるの?」

 いや、あの時はここも暖かかったのだよ? 本当だよ?

「私が今何か考えてるか、分かる?」

 

 侑花の双眸に、凶暴な輝きが宿った。

 もちろんリシアには見えないが、何となく察したようだ。


「まぁまぁ、二人とも、その辺で」


 祐一が『二人』の会話に割って入った。きっと埒が明かない。そう確信したからだ。


「そっちは少々準備不足みたいだけど、ドラゴンの封印には支障はないし。侑花が凍死する前に、再封印すればいいんでしょ?」

「祐一……あんたね、私の今の格好見て、どうすりゃそんな楽観的な意見が出てくるわけ?」


 侑花は、標高八千メートルの極寒の地で、震えに震えていた。ガッコの制服姿で。しかも素足にミニスカートで。太ももが真っ赤だった。


「うーん、じゃぁあまず、そのカッコを何とかしないといけないか」


 祐一は、頭を掻きつつ登山用のリュックをごそごそと漁り、ダウンジャケットを一着取り出した。


「とりあえずこれ着なよ。今よりはマシだと思う」


 侑花は凍え悴む指で、なんとかダウンジャケットを着込んだ。

 サイズがちょっと大きめなおかげで、手首や膝が隠れる。

 やっと人心地。

 体温ってこんなに温かいのか、と妙な実感を得る侑花。

 ふぅ、と深いため息をつき、ジロリと祐一を睨んだ。


「何だよ? さすがに余剰装備はそれくらいだよ?」

「……いや、いい。何でもない」


 とりあえず、当面の危機は去った。

 侑花と同じサイズの祐一が、なぜ大きめのダウンジャケットを持っていたのかについては謎だが、侑花はの関心ごとは内面に向けられた。

 つまり、リシアの準備不足、情報不足、と突っ込み要素を準備した。


「見たぁ? リシアぁ?」


 なぜか、自分の手柄のように、リシアに語りかける。いささか棘のある声色で。


「ジャニス・祐一組はこんなにも準備がいいのに、なんで私らほぼ手ぶらなワケ?」

 や、それは〜。

「この後に及んで、まだ言い訳する気なの?」

 いや、それはその〜。


 とりあえずメンツは揃い、そもそもの元凶たるドラゴンが封じられている地へ向かおうとした矢先に、メンバー内で諍いが勃発し、足止めされる状況。

 リシアは、侑花をあしらいつつ、ジャニスに助け船を求めた。


<ジャニスー。こんなに寒いなら先に教えてよー>

<ボクだってこんなに寒いなんて思いもしなかったよ>

<え? じゃあの厳重装備は?>

<祐一がね。地図見たら、ここは大変寒くて危険だからって準備したんだ>

<あー>

<侑花も地図見たんでしょ?>

<見たには見たんだけどね>

<それであの軽装……>


 どうやら装備や準備の差は、人間側、つまり侑花にも問題がありそうだ。


「へくちっ!」

 

 侑花が可愛らしいくしゃみをした。

 それを見た祐一は、侑花を心配した。


「ドラゴン封印するまで風邪なんかひかないでくれよ? さすがに風邪薬までは準備してない」

「……それもこれも全部ドラゴンが悪いのね……」

「まさか戦うなんて言わないよね?」

「戦う用意はあるわ」

「冗談」

「こんな極寒の地に来て、くしゃみまでして、さらには祐一からダウンジャケットを借りなきゃならないなんて、屈辱以外のなにものでもないわ!」

「……随分な言われようだけど?」

「この怒り、全てドラゴンにぶつけてやるっ!」


 なぜかドラゴンとの対決を目標に定める侑花だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る