侑花とリシア13

 侑花の風邪はなかなか治らない。今日で三日目だ。

 食欲は多少戻りつつあるようで、パン粥の器から半分くらい中身が消えていた。


 侑花、動けそう?

「……何とか」

 じゃ、今度こそ特効薬を!

「……ええー……、ホントに大丈夫なの、それ?」

 大丈夫。魔女の歴史を紐解いても、これで風邪が治らなかった人間はいないのだよ?

「……リシアがそこまで言うなら」


 侑花は、リシアに体を委ねた。


「おおっと、これはキツい……」


 リシアは侑花の体を借り受けたが、足下がおぼつかない。

 ふらふらとベッドから降り、ふらふらと立ち上がった。


 でしょ? 無理しなくてもいいよ。もうすぐ治ると思うし。

「いや……このリシア、一度言い出したことは必ず!」


 リシアはふらつきながら、侑花の部屋の中央に立った。


「ついでだから、侑花にも見せてあげるよ」

 何を?

「この部屋の、本当の姿」

 へ?


 リシアが力なく腕を振ると、部屋の景色が一変した。

 家具はなくなり、ベッドも消えた。

 あるのは、プランター(?)がところ狭しと並び、侑花が見たこともない草花がびっしりと生えていた。

 そして、部屋の中央には、竈があった。天井から吊り下がる形で、鍋がぶら下がっていた。


 何と言うか。想像通りの魔女の部屋って感じだね。

「魔女ですから」

 

 リシアは、ふらふらしながら、プランター(?)から二〜三、薬草と思しきモノを摘み取った。


「後はこれをすり潰して……っと目眩が……」

 だ、大丈夫?

「大丈夫! リシアは頑張ります!」


 リシアは、根性で足を踏ん張り、薬草をすり潰した。

 そして、部屋の隅にあったガラスの瓶から何やら黒いモノを取り出した。


 リシア、それは?

「ああ、これは……、ええとだね? 侑花は凄い嫌がると思うよ?」

 ……なんか想像出来たからいいや、もう……。


 色んなモノをすり潰し、混ぜ、鍋で火を通すこと約一〇分。


「出来ました……ゴホゴホ」

 何か、余計に体調が悪化してるような気がする。

「だ、大丈夫。これさえ飲めば……」


 目の前には、ビーカーに入った、緑とも黒ともつかない液体があった。


 これ、飲むの?

「そうです。飲むのです」

 リシアのままで飲んでもいい?

「ダメです。これは人間用に調合したから、戻らないと」

 ……ええー……。


 侑花は心底嫌そうに小さく呟いた。

 だが、風邪を治さないことには、美味しいご飯が食べられない。

 何より、リシアが必死(?)になって作った特効薬だ。

 無駄には出来ない。と、侑花は思った。


「じゃ、戻るね」

 はぁーい……。


 侑花が、自らの体に戻ると、部屋も元に戻った。


「……うう、辛い、くらくらする……」

 侑花、薬、薬。

「……ああ、これ?」


 侑花の手には、年期の入ったビーカー(?)が握られていた。


 飲んで飲んで。グイッと。直ぐ効くから。

「え、ええと?」

 大丈夫なのだよ。ちょっとは私を信じて欲しいのだよ〜。


 リシアは泣き言を喚いた。


「よ、よぉ〜し、こーなりゃヤケだ!」


 侑花は意を決し、鼻を摘まんで液体を飲み干した。

 ビーカー(?)は、侑花が薬を飲み終えると、すぅっと宙に消えた。


 ど、どうかな?

「……うーん、ちょっとくらくらが止まった感じ」

 とりあえず、ベッドに横になって。

「う、うん」


 侑花は、ベッドにぼさっと倒れ込んだ。


 後一〇秒、九、八……。

「何のカウントダウン?」

 五、四……薬の効果が出るまでの時間……二、一、ゼロ!


 突然。

 侑花の口から何かが飛び出した。


「おお! あれ! 体が軽い!」

 ほら、効いたでしょ?

「うん! ありがとリシア」

 いやー。それほどでも。

「ところで、さっき出て行ったのは何?」

 ああ……あれは、風邪の蟲だよ。

「風邪の虫……」

 要は、蟲下しなのだよ。基本的に、魔女が用いる薬は、悪さをする蟲を追い出す薬なのだよ。


 聞くんじゃなかった。

 うげぇと舌を出し、二度と風邪なんかひくもんか、と心に誓った侑花だった。

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