リシアのお仕事

 その少女は、あなたを見て少し驚いた表情をした。


「君、どうしたの?」


 あなたは戸惑った。いきなり声をかけられたからだ。

 自分の体を見て、後ろを振り向いて、あなたはもう一度少女に向き直った。


「僕がどうかした?」

「うーん……遅れてるんだね……そっかぁ」


 少女はあなたを見据え、意味不明な言葉を呟いた。

 あなたは、おや? と思ったに違いない。少女は日本人の顔立ちをしているが、蒼い目と金髪が妙に似合っていたからだ。

 次いであなたは、今自分がいる場所に違和感を覚えた。


 白い。


 周りに何もない。

 目の前には金髪の少女が、静かに微笑んでいる。だが何も言わない。静寂が周囲を支配していた。

 痺れを切らしたあなたは、仕方なく少女に聞いてみることにした。


「ねぇ、その」

「はい?」

「あのー、ここは一体……? それに君は?」


 誰? 言いかけ、少女がその言葉を遮った。


「ええと、あたしはリシア。魔女です」


 あなたは驚いた。魔女なんて、ゲームや小説の中でしかお目にかからない。


「ま、魔女?」

「そ」


 リシアと名乗った『魔女』は、さも当たり前といった面持ちで、あなたに視線を重ねた。あなたは、自分の鼓動が跳ね上がるのを感じたに違いない。

 やけに気にかかる、吸い込まれそうな蒼い目。


 ──僕には絶対に辿り着かない人種だな。


 そんな自嘲気味な思惑と裏腹に、リシアはあなたを見つめたままだ。 

 と、ここであなたは重要なことを思い出した。


「あ、そうだ。ここはどこ? リシア……さんなら知ってる?」

「リシアでいいよ。それと、ここがどこかは、んー……、ちょっと説明が難しいのだよ」

「難しい?」

「そ」


 あなたにはさっぱり意味が分からない。

 気が付けば周囲に何もなく、目の前には魔女がいる。

 はいそうですかと、すんなり理解出来る状況ではない。


「……そだねぇ。ここは世界であって世界じゃない。その真ん中ってトコかな?」

「真ん中?」

「そ」


 当然、あなたは納得していない。

 世界がどうこう言われても、ついさっきまで路上を歩いていたあなたにはピンとこない。

 だからあなたは、もう一度質問を繰り返した。


「ここはどこ? いや、どうして僕はここに?」

「うーん……。それはね? 君が理解しようがしまいが、もう決まったことなのだよ」


 あなたはどんどん混乱する。何だ『決まったこと』って。


「じゃあリシア。僕はこれからどうなるんだ?」


 あなたは質問を変えてみたが、返ってきた答えは、やっぱり意味不明だった。


「大丈夫。何も怖がることはないよ。もう苦痛はない。ただ待つだけだなのだよ」


 ──苦痛? 待つ? 何を?


 あなたは混乱の極みにいたが、リシアは飄々としていた。

 あまりに非現実的だ。

 だからあなたは、こう考えた。


 ──ここは僕がいた世界じゃない? それなら一体どこだ?


 少なくとも、あなたが持つ知識に、こんな世界はない。

 それなら、これは夢だ。夢の中にいるに違いない。


「ここは君の世界じゃないけど、夢でもないよ」


 そんなあなたの胸中を見透かすかのように、リシアがそう告げた。

 先ほどと違い、悲しそうな表情をしていた。

 と。

 リシアが上を向いた。


「あ……やっと迎えが来たね」


 あなたは、頭上から降り注ぐ光の柱に包まれた。

 その瞬間。

 全てを理解した。

 自分がどうなったのか。そして、ここがどこなのか。


「さよなら、だね」


 リシアが小さく呟く。


 ──そう、さよならだ。


 それは言葉にならなかった。

 ただ。


 ──あたたかい。


 その感触を最後に、あなたはの視界は光に溢れ、体がふっと軽くなったように感じ、そして──。


 *

 

「ねぇリシア。リシアってば」


 ……ん、んん〜?


「何度呼んでも返事しないだもん。心配したじゃない」

 ああ、ごめんごめん。ちょっと仕事がね。

「仕事? 魔女の?」

 まぁ、そんなとこ。

 

 神坂侑花は、学校の帰り道だった。

 いつものようにリシアと談笑していたのだが、突然、リシアが返事をしなくなった。

 

「魔女の仕事って何?」

 それは、まぁ、色々。

「色々。それで私を説き伏せようってのね?」

 や。そんなわけではないのですが。

「じゃ、教えてよ。その仕事ってのを」

 うーん。まぁ、あんまり侑花とってはいい話じゃないよ?


 その時だった。

 救急車の音が聞こえてきた。

 そして、どこか見えない所で停まった。

 

「近いね」

 そだね。

「交通事故、かな?」

 そだね。

「……リシア」

 何?

「あんた、何か知ってるでしょ?」

 どうして?

「交通事故と限らないのに、断定した」

 ……まぁ、そういうことだよ。それとね、侑花。

「何?」

 この世界では色んなことが起こる。人間の生死に関わることなんて、しょっちゅう起きてる。いちいち関わってたら大変だよ? だからこの話は止めよう? ね?

「生死……」


 それきり、侑花とリシアは家に着くまで一言もしゃべらなかった。


 *


 翌日。

 侑花がいつも通る道に、花束が供えてあった。そこで侑花は立ち止まり、それを見て、ゆっくりと空を見上げた。


「そっかぁ」

 ……うん。


 見上げれば空は快晴。

 睡眠も充分。お腹もいっぱい。

 侑花は元気良く学校に向けて歩き出した。

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