36.真実



「貴様が……真の魔王か?」



 膝をつき、手にした仮面を握りしめたまま。


 僕がヤツに聞くと。



「ええ」



 ヤツは、答えた。




「アタシがホンモノの『魔王』……ツカサよ」




 そう言うと、賢者……いや。


 魔王ツカサは、僕をあざ笑う。



「それにしてもアンタ、馬っ鹿じゃないの? 『絶望の崖』で、ペラペラしゃべってたわよね? 『力』がもうすぐ消えるとか? 余裕が残ってないとか?」



 ツカサの口調からは、敬語が消えている。


 勇者パーティー在籍時の雰囲気は、演技だったんだろう。


 もちろん、首輪もついてはいなかった。



「ならこっちは、『力』が消えたあとのアンタを狙えばいいだけ! そんなこともわからなかったのかしらねー♪」



 おどけながらも、ツカサの目がすうっと細まる。



「よくもまあ、好き勝手に引っかき回してくれたわね。『ホープタウン』では、ボコられるし。さっきは、そこのハンター・ハルカの始末を邪魔してくれるし。ご丁寧に、『魔王の呪い』まで解呪してくれちゃって……!」



 ツカサの瞳に、危険な色が宿った。



「お礼に。たっぷりいたぶってから、殺してあげるわ♪」



「やらせない」



 ナヅキが、僕の前に立ちはだかった。


 ユウリが、ハルカが、アイが続く。



「マモル抜きでも、あたしたちは4人よ」



「『絶望の崖』では、1対3でも圧倒できたわ」



「あなたひとりで。わたくしたち全員を、どうにかできるとお考えですか?」



「もちろん、できるわよ? 『魔王』の仮面に付いてる『闇のクリスタル』は、アタシの『力の半身』なの」



 不敵な表情で、ツカサが告げる。



「クリスタルをアタシの体に戻して融合すれば、力は今の数倍以上になる。解呪師抜きのアンタらなんか、敵じゃないわ! さっそく、今から見せてあげる――」



「そんなことよりも」



 ナヅキはひるまずに、ツカサの話をさえぎった。



「いったい、あなたは。ジョウカーを造って、何がしたかったの?」



「……もしかして、気になる?」



 ツカサは、瞳をキラキラ輝かせると。



「いいわ! 冥途のみやげに、真実を教えてあげるわよ!」



 得意げに語り出した。




「すべては私が考えた、ステキなゲームなの!」




「ゲーム……?」



 ナヅキが首をひねる。



「そ! アタシの半身を人形に与えて! 疑似人格を持たせた、偽りの『魔王』を造って! アタシは、『魔王』退治に出たパーティーに潜り込んで! 『呪い』を食らわせて! 脅して! 無理難題をふっかけて! パーティーが崩壊していくのを、間近で見て楽しむ!」



 しゃべり続けるツカサの表情は、残虐そのものだ。



「どう? 最っ高にイカした遊びでしょ?」



「……狂ってるわ」



 吐き捨てるように、ナヅキがつぶやいた。



「造った『魔王』は、アタシの想定通りに動いてくれたわー! でも、ちょーっと自我が強すぎたのは問題かしら? 耐久性や防戦時の思考ロジックなんかも、今後の課題ね!」



「そういうことなら。あたしも、アンタに聞きたいことがあるわ」



 ユウリが口を開いた。



「勇者パーティーの連中の、イカれ具合。あれも、アンタのしわざだったの?」



「違う違う。アレは天然モノよ」



 あきれ口調で、ツカサは否定する。



「アタシがパーティーに入る前から、メチャクチャやってたみたいだし? 相手を利用するだけ利用してポイ。ダマされて殺された人間の数、両手じゃ足りないと思うわよ?」



「……最悪ね」



 声に怒りをにじませるユウリとは逆に、ツカサの顔には笑みが浮かぶ。



「連中を、『魔王の呪い』の標的にしたのは大正解! やることなすことぜーんぶ裏目! 仲間割れに、身内切り! ついでに土下座! そばで何回笑いそうになったか! アハハハハハハ!」



 ケラケラと、ツカサは笑う。



「最期は『勇者』と『聖女』で同士討ち! 似合いの末路よねー! 死んだフリで、とーっても楽しく見物させてもらったわ!」



 そこまでしゃべると。



「けど……ホントは」



 ツカサの顔が、少し険しくなった。



「『絶望の崖』で、いっしょにハンター・ハルカを始末したあとは。テキトーな理由を押しつけて、首輪は外さずに。もっと楽しませてもらう予定だった、けどね」



「わたしからも確認させて」



 今度はハルカだ。



「わたしも受けた、『魔王の呪い』。首輪起爆条件の『魔王』の死とは、ジョウカーの死ではなく。『魔王ツカサ』の死、だったのね?」



「その通りよ、ハンター・ハルカ! カンがいいじゃない?」



「あなたにほめられても、嬉しくないわ」



 ハルカは顔をそむけた。



「だから、アンタも勇者パーティーの連中も。首輪にビビらないで、ジョウカーにトドメを刺してもよかったってこと! けど、まあ……」



 ツカサは肩をすくめた。



「倒しても首輪は外れないから、意味なかったけどね? アハハハハ!」



「結局のところ」



 アイが首をかしげる。



「あなたの行動は、何が目的なのです?」



「決まってるわ! ストレス解消よ!」



 あっけらかんと、ツカサは答えた。



「魔界で王様やってると、ストレスたまるのよねー。恐怖政治で縛ってるけど、イライラすることはいくらでもあるわ」



 ツカサは、ペラペラとしゃべり続ける。



「だから、たまに人間界に出てきて! 思いついたゲームで遊んで! ストレス発散してるってわけ! 弱いものイジメは、最高のストレス解消法だから♪」



「あなたは……王の器ではありません!」



 アイの怒りを。



「主に仕えるしか能がないメイドごときに、王様の気持ちがわかるとでも?」



 ツカサはさらりと受け流した。



「さて、と。もう質問タイムは終わりでいい? そろそろ、虐殺タイムに入りたいんだけどー?」



 瞳を輝かせる、ツカサに向かい。



「……いや。最後に、聞きたいことがある」



 僕は口を開き。


 ゆっくりと立ち上がった。



「10年前。僕の故郷『フューチャ村』は、火災で滅びた」



 僕はツカサの目を、じっと見つめ。


 聞く。




「犯人は、貴様か?」




「10年前……?」



 ツカサは、宙を見上げ。


 しばらく考え込んだかと思うと。



「ああ!」



 ポン、と手を叩いた。




「燃やしたの、アタシよ!」




「…………っ!!」




「よーく覚えてるわ! イライラがたまって人間界に出てきて! ちょうど目の前に手ごろな村があって!」




 ……やっぱり……コイツが……。




「アタシの魔法でドカーン!」




 コイツが……!




「すっごいキレイに燃えたわよー!」




 コイツが……!!




「イライラも一瞬で消えたし! 最高の気分だったわ! アハハハ――」




「見つけたぞ……!!」




「え――」



「消え去れ! 『魔王の半身』よ!」



 僕の宣言で。




 バキイイィィィィン!




 握った仮面に付いた、『闇のクリスタル』――すなわち、魔王の半身は。


 音を立て、砕け散った。



「いっ……!?」



 ツカサが硬直する。


 すかさず!



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を!」



「な――」



「サイレント・フィールド!」




 ピキィン!




「『ホープタウン』でも見せた、『力』を使った魔封じの結界だ。これで貴様は、魔法を使えない」



 そして。



「『闇のクリスタル』を解呪した今。本来の力も取り戻せない」



「あ……あ……あ……?」



 顔を引きつらせるツカサに向け。


 僕は告げる。



「この瞬間を、待っていた。10年間、ずっとな」


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