29.兄妹



 勇者ダイトをブン殴った腕を、プラプラ振りながら。



「ナヅキ! ユウリ! アイ! 連中の足止めを頼む!」



 僕が号令を出すと。



「任されたわ!」



「よくもあたしのかわいい妹分に、手を出してくれたわね!」



「この場は、わたくしたちが引き受けます!」



 みんなは、連中のもとへ殺到していく。



 剣聖サリィの不在は、幸運だった。


 3対3なら、みんなが負けるはずはない!


 ここはナヅキたちにまかせよう!



 その間に、僕は!



「今のうちに、ハルカの解呪だ!」



 僕はハルカに駆け寄った。



「ハルカ! 大丈夫か!」



 そのまま、首輪に手をかけようとしたが。



「お兄ちゃんダメ! わたしから離れて!」



 ハルカは、僕を突き放そうとする。



「もうじき、首輪が爆発しちゃう! これは魔王ジョウカーにつけられた、『魔王の呪い』が込められた首輪なの!」



 叫ぶハルカの顔に、泣き笑いが浮かんだ。



「わたし、最期にお兄ちゃんに会えて幸せだった……こんな立派になった、お兄ちゃんに会えて……」



 ハルカは、弱々しく首を振る。



「だからもう……これ以上は望まないの」



「いいや! そうはいかない!」



 僕は叫ぶ。



「僕の望みは、ハルカを助けることだ!」



「ダメだよ!」



 ハルカが拒絶する。



「このままじゃ、お兄ちゃんまで爆発に巻き込まれちゃう! だから逃げて! 早く!」



「いいや、逃げない! 僕たちは兄妹だ! 絶対に助けてみせる!」



「ダメええええぇぇ!」



 ハルカは、僕を振り払おうとするが。



「ハルカ!」




 ぎゅむっ!




 僕は強引に、暴れるハルカを抱え上げた。



 右手で背中を支え。


 左手は膝の裏に入れる。


 いわゆる、お姫様だっこの態勢だ。



「あっ……」



 ハルカの抵抗が止まった。


 なぜか、顔が真っ赤になっているが。


 そんなことを気にしてる場合じゃない!



「すぐに済む! 僕を信じて、じっとしていてくれ!」



「……うん」



 ハルカの体から、力が抜けた。


 さっきまでの抵抗がウソみたいに、おとなしくなっている。



「よし、やるぞ!」



 僕はハルカの体から、魔力の発信源を探る。



「間違いなく、発信源は首輪だけど……」



 解呪師の感覚が告げている。



「強引に解呪しようとすると、装着者を致死量の電撃が襲う……か」



 首輪タイプの呪いに、ありがちなパターンだ。


 なら、どうするか?


 もちろん、答えはひとつだ。



「『いにしえの勇者パーティー』の力を使えばいい。僕が『力』で、ハルカが受けるダメージを肩代わりする」



 でも。



「これだけだと、僕が死んでしまう」



 だから。



「解呪前に、僕が『力』で無敵モードになっておく」



 あとは。



「無敵モードが切れる前に、解呪を完了すればいい!」



 そう!



「今の僕なら、できる!」



 力強く宣言し。


 僕は『力』を使用する!



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を! インビンシブル!」



 さらに!



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を! カバーリング!」




 ドオオオォォォォオオオン!




 僕の体から青と赤、二色のオーラがあふれた!


 よし、ここで『解呪のキス』だ!



「ハルカ、いくよ」



「ん……」



 ハルカはまるで、夢を見ているような表情を浮かべながら。


 ゆっくりと、瞳を閉じた。


 僕はハルカに、顔を近づけ。




 ちゅっ……。




 くちびるとくちびるとを、重ね合わせた。



(アイを救えた……ユウリも救えた……)



 レモンの味。


 やわらかな匂い。


 ハルカのすべてを感じながら。



(ハルカだって、絶対に救える!)



 僕が解呪の念を注ぎ、気合を込めると。




 バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!




 首輪から放たれた青白い火花が、僕とハルカを包んだ。


 でも、何の痛みも感じない。


 ハルカも安心しきった様子で、僕に身をゆだねている。



 あとは、一瞬だった。



(消え去れ! 魔王の呪いよ!)



 僕が強く、念を込めると。




 バキイイイイイイィィン!




 ハルカの首輪は、あっけなく砕け散った。


 僕の解呪の力は。


 魔王の呪いの力を、圧倒的に上回っていたのだ。



(やった……やったぞ……!)



 達成感とともに。


 僕がハルカから、くちびるを離すと。



「……ね、お兄ちゃん。小さい頃のわたしの夢、覚えてる?」



 真っ赤な顔のハルカは、そんなことを聞いてきた。


 ……ひとつの思い出が、僕の心に浮かぶ。




『わたしは、解呪師もいいと思うな。ハルカが大変な呪いにかかったとき、お兄ちゃんに助けてもらうの。そういうの、あこがれちゃうな』




「思い描いた通りになっちゃった……えへへへぇ」



 はにかむハルカに向かい。


 何と言えばいいかわからず。



「あ、ああ……本当にハルカは、かわいくなったよ」



 などと、意味不明に答えてしまうと。



「かか、かかかかかわいい……!」



 またしてもハルカの顔は、真っ赤に染まるのだった。



「おっと!」



 なごんでる場合じゃないな。


 僕は、ハルカを地面に下ろすと。



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を! マキシマム・ヒール!」



 『力』を使い、回復魔法を発動した。


 淡い光に、ハルカの体が包まれる。



「すごい……。疲れも眠気も、全部取れてる……!」



 驚くハルカに向かい。



「ハルカ、積もる話はあとだ」



 僕は告げる。



「僕はこれから、村を焼いた犯人へ復讐するために動く。僕の『力』のタイムリミットまでは、もう時間がないんだ。ハルカにも、力を貸してほしい」



 多くを聞く必要も、語る必要もなかった。


 ハルカも、僕やユウリ、アイと同じ。


 10年間ずっと、復讐に燃えて動いていたに違いないから。



「わかった。及ばずながら、お兄ちゃんの力になるわ」



 ハルカの表情が、戦士の顔に変わった。


 そんな妹の顔つきを、頼もしく思いながら。


 僕は、みんなに向かって叫ぶ。



「ナヅキ! ユウリ! アイ! ハルカの解呪は終わった! フォーメーションを組みなおすぞ!」



「了解よ!」



「オッケー!」



「承知しました!」



 ナヅキが、ユウリが、アイが。


 僕のもとへと戻ってくる一方で。



「そんなバカな!? 『魔王』の呪いが……解けた!?」



 賢者ツカサが、がく然とした声をあげた。



「マジ……かよ!?」



「ホント……に!?」



 うろたえるダイトと聖女シャルロッテを尻目に、僕たちは陣形を組む。



「やったわね! 信じてたわよ、マモルくん!」



「もう! ハルカは昔も今も、心配かけてくれるんだから!」



「ユウリさん! アイさんも……生きてたのね!」



「おかえりなさいませ、ハルカお嬢さま。よくぞ、ご無事で……」



 心やさしき死神、ナヅキ。


 雷光の魔法剣士、ユウリ。


 ハンター、ハルカ・フジタニ。


 専属メイド戦士、アイ。



「このパーティーに恐れるものなど、何もない!」



 僕、解呪師マモル・フジタニは、そう確信しながら。


 勇者パーティーの連中を、にらみつけた。


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