25.期限



 明けて翌日、午前11時。


 カフェ『神月』の状況は、というと。



「満席に行列! カンペキだな!」



 昨日の宣伝の成果が出た。


 ナヅキとカンナギの力になれたのが、何よりもうれしい。



「ご注文はお決まりでしょうか?」



「ありがとうございました! 銅貨7枚になりまーす!」



 ナヅキとカンナギは、忙しそうに店内を動き回っている。


 僕は裏方で、料理の準備プラス、サポートを担当。


 加えて、もうふたり。



「いらっしゃいませー!」



「お席へご案内いたします」



 ユウリとアイも、接客を手伝ってくれている。


 僕がプロデュースしたと話すと。


 目の色を変え、協力すると言い出したのだ。



「お待たせいたしました。紅茶とケーキのセットでございます」



 アイがお客さんに、うやうやしく頭を下げる。


 身につけているメイド服は、自前のエプロンドレスタイプではなく。


 店の専用コスチュームの方だ。



 もちろん、バッチリ似合っている。



「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」



 丁寧で洗練された、アイの立ち振る舞い。


 そんなアイの姿を見て。



「小さい頃はおてんばだったのに……。変われば変わるもんだなあ……」



 僕が、しみじみとつぶやいていると。



「ね、ねえ……マモル。ちょっといいかしら……?」



 ユウリがもじもじしながら、声をかけてきた。



「こ、このコスチュームなんだけど……。露出が多すぎで、何だか落ち着かないっていうか……」



 ユウリはスカートのすそを引っ張りながら、くねくねと体をよじらせている。



「これ、誰が作ったの? ナヅキ? それともカンナギ?」



「いや、僕だけど」



「えっ!?」



 驚くユウリに、僕は続ける。



「流行を取り入れたら、こんな感じになってさ」



「そ、そうなんだ……」



「僕の勝手な意見だけど。ユウリには、メチャメチャ似合ってると思うよ」



「ホ、ホ、ホホホホホント!?」



 なぜかユウリの顔が、一気に真っ赤に染まった。



「もちろん! でも、どうしてもイヤだったら別の――」



「そーんなわけないじゃない! やーねーもう!」



 急に、ユウリはニコニコし出したかと思うと。



「あ、次のお客さんね! いらっしゃいませー♪」



 スカートをひるがえしながら、走って行ってしまった。



「……なんで急に、機嫌がよくなったんだ?」



 僕が頭に、ハテナを浮かべていると。



「マモルくん。向こうの席に、お知り合いの女の子がお見えよ」



 ナヅキが声をかけてきた。



「知り合い? 誰だろう?」



 首をひねりつつ、行ってみると。



「こんにちは……マモルおにーさん」



 席に座っていたのは、間違いなく見知った顔だった。



 年の頃は、10歳前後。


 腰まである金髪に、印象的な青い瞳。


 おととい僕を、このカフェに案内してくれた女の子。



「フレデリカじゃないか! 元気だったかい?」



「うん……。おかげさまで、パパとじいやとも……仲直りできた」



「そっか! よかった! 本当によかったよ!」



 僕が嚙みしめるように、うなずいていると。



「ここで……会えてよかった。その、えっと……」



 フレデリカは、おずおずと切り出す。



「実は、マモルおにーさんに……お願いがあるの」



「何でも言ってくれ!」



 僕は即答した。



 フレデリカは、僕の恩人だ。



 おととい、フレデリカがカフェまで案内してくれたおかげで。


 僕はナヅキと再会でき、カンナギと出会え。


 ユウリとアイを、助けられたんだから。



「じゃ、遠慮なく……」



 フレデリカは瞳をキラキラさせ、僕に告げる。



「ボクを、このお店で……働かせてほしい」



 へ?



「どういうこと?」



「昨日……パパやじいやと、お話してたの。将来を考えて……早いうちに外で、世間勉強しておいた方がいいかも……って」



「ほ、ほほう? ちょっと、早すぎる気もするけど……」



「いーの。ここ、リニューアルで評判急上昇中みたいだし。ステキなおねーさんもいっぱい。それに……」



 フレデリカは、ぽっと頬を染める。



「マモルおにーさんも、いるんでしょ?」



「へ、僕?」



 僕の頭に、ハテナが浮かんだ。


 何だか今日は、ハテナが浮かんでばかりだな……。



「僕がいると、どうしてフレデリカが働きたくなるんだ?」



「むぅ……ヒミツ」



 フレデリカはぷくっ、とほっぺたをふくらませると。


 席を立った。



「今日のところは……さようなら。ちゃんと決めたら、ごあいさつに来るね」



 そう言うと、フレデリカは。


 近くに置いてあったチラシの山を、うんしょ、と抱える。



「え? そんなにたくさん持ってくの? 配る相手いないだろ?」



「ダイジョーブ。お城のみんなに渡せば……あっ」



 フレデリカの顔が、しまった! という感じに引きつった。



「ん? お城って――」



「そ、それじゃあこのへんで!」



 フレデリカは、わたわたと僕の言葉をさえぎると。



「またね、マモルおにーさん。バイバイ」



 チラシを抱えたまま、よたよたしながら会計に向かった。



「うーむ。何というか、謎な子だなぁ」



 まあ、ともかく。



「ナヅキとカンナギに話してみよう。人手は多い方がいいって、言ってたしな」



 そんなことがありつつも。


 カフェの行列は、途切れることがなく。


 時刻はもうすぐ、午後3時だ。



「うん、大盛況だな!」



 僕は、確かな満足感を得ていた。



「この感じなら、今後はもっとお客さんが増えるはずだ! ナヅキもカンナギも、もう家賃の心配はしなくていい――」




『あなたの力の、使用可能期限をお伝えします』




「……なに?」



 いきなり。


 唐突に。



 謎の声が、頭に響いた。




『使用可能期限は、本日の午後10時』



『残りは、約7時間です』



『繰り返しになりますが。限られた期間で後悔のないよう、手にした力を役立ててください』




 ……それっきり。


 謎の声は聞こえなくなった。



「思った以上に、時間がなかったか――」



「マモルさん! 大変です!」



 いきなりカンナギが、声をかけてきた。


 顔が真っ青だ。



「水晶玉が! ワタシの水晶玉が!」



 叫びながらカンナギは、僕に水晶玉を見せた。


 以前カンナギから、説明を受けた記憶がある。




『これは、ワタシが作ったマジック・アイテムでして。死期が近いと思われる人の情報を、キャッチできるんです』




 そして今、水晶玉に浮かび上がっている文字は……。




『名前:ハルカ・フジタニ』



『時刻:午後6時』



『場所:絶望の崖』



『死因:『魔王の呪い』発動による爆死』




「……踏ん張りどころ、だな」



 僕はこぶしを握りしめ、自らを奮い立たせた。



「乗り越えてみせるさ。絶対に」


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