21.帰還



 気がつくと僕は、真っ黒な空間に立っていた。


 その中心で。



「ね、お父さん」



 うつろな瞳のユウリが。


 虚空に向け、言葉をつむいでいた。



「今日もあたしの話、聞いてくれる?」



『モチロンダヨ、ユウリ』



 どこからか、声が響いた。



「この声……ファーザ叔父さんか?」



 とまどう僕をよそに。



「あたしね……」



 ユウリと声との会話は続く。



「この前アイとふたりで、手配モンスターを退治したの」



『ユウリハスゴイナ……』



「でしょ? もう、小さい頃とは違うんだから」



『ユウリハコレカラモ、ズットイッショニイテクレルカイ?」



「ずーっとずーっと、一緒にいるわ」



「オトウサンヲ、ズットマモッテクレルカイ?』



「うん。あたしは絶対に、お父さんを見捨てない」



『ウレシイヨ、ユウリ』



 会話で、僕は察した。



「叔父さんの心のカケラは、魔族の悪意に汚染されている」



 そうでなければ、叔父さんが。


 こんな闇の世界に、娘を引き留めるはずはないから。



「目を覚ませ! ユウリ!」



 僕の叫びに。



「っ!?」



 ユウリの体がビクン! と震えた。


 反応があった!


 いける!



「正気に戻るんだ! ユウリのいるべき場所は、ここじゃない!」



「その声……まさか……!?」



 ユウリの碧眼に、光が宿った。


 顔には驚きが浮かぶ。



「マモル……? マモルなの!?」



「ああ! 幼なじみの、マモル・フジタニだよ!」



「ど、どうしてマモルがここに!? だってマモルは、死んだはずじゃ――」



「詳しい話はあとだ、ユウリ!」



 僕はユウリを制した。



「早く、この夢から脱出しよう! ユウリの心がここに閉じ込められるまで、時間がないんだ!」



「で、でも……! あたし、行けない!」



 ユウリは、首を激しく振った。



「あたしが行ったら、お父さんがひとりぼっちになっちゃう!」



「違う!」



 僕は断言する。



「ここにあるのは悪意にゆがめられた、叔父さんの心だけだ! 叔父さんの魂は今、天国で安らかに過ごしているんだよ!」



 僕が、ナヅキのことを話そうとしたとき。



『ナ!? ナンダ!? ナンダオマエハ!? ウオオオオォォ!?』 



 急に、叔父さんの声が苦しみ出すと。




 パアアアアアアァァ!




 あたり一面を、光が包み。



『ユウリ、マモルくんの話は本当だ』



 あたたかい声が響いた。



『やさしくて真面目な死神さんに、天国へ案内してもらえてね。彼女には、本当に感謝しているよ』



 心に染み込むような声。


 ……まさか。



「天国の……ファーザ叔父さん?」



『そう。ぼくだよ、マモルくん』



 とても、やさしい声だった。



『久しぶり。立派に男に成長したね』



「本当に、お父さん……なの?」



 ユウリも驚いている。



『なぜか急に、ユウリとマモルくんの声が聞こえてね。ぼくからも、呼びかけてみた』



 『マインド・コネクト』で、僕がユウリと心をつないだ結果。


 ユウリとつながっていた、叔父さんの心のカケラとも結びつき。


 天国の叔父さんの魂にまで、つながった……のか?



『すまない。ぼくが現世に未練を遺したせいで、こんなことになってしまった』



 叔父さんの声が沈む。



『死の直前、確かに思ったよ。ユウリやみんなのそばで、同じ未来を進みたかった。どんなに楽しかっただろうなあ……ってね』



「叔父さん……」



 僕には叔父さんの気持ちは、痛いぐらいに理解できた。



 だって、もしも。


 僕が『力』に目覚めることなく、勇者パーティーに殺されていたら。


 まちがいなく僕は、この世に未練を残しただろうから。



『でも、ぼくは幸せだ。こうして成長したユウリやマモルくんと、言葉を交わせたからね』



 叔父さんは声に、明るさを戻すと。



『さあ、ユウリ。現実に戻るんだ』



 あとを押すように、ユウリに告げた。



「お父さんは……どうなるの?」



『天国から、ユウリを見守っているよ。いつまでもずっと、ね』



 それから叔父さんは。



『マモルくん』



 僕に向け、言葉をつむぐ。



『ユウリのこと、よろしくね。それからアイちゃんと、マモルくんの妹――ハルカちゃんも』



「……もちろん」



 それ以上は、何も言えなかった。


 ……涙をこらえるので、精いっぱいだったから。



『さて。なごり惜しいけど、そろそろ時間みたいだ』



 叔父さんは、少しだけ寂しそうに笑った。



『マモルくん。ぼくが遺した心の解呪、頼んだよ』



 僕はうなづき、ユウリに近づく。


 『解呪のキス』を、するために。



「ん……」



 ユウリは、涙を流しながら。


 すべてを理解したように、目を閉じた。


 僕はユウリに、顔を近づけ。




 ちゅっ……。




 くちびるとくちびるとを、重ね合わせた。



(救ってあげて、マモル……お父さんの心を……)



 ユウリの心が、僕の心と共鳴する。


 ユウリのすべてを、受け止めながら。



(どうか、安らかに)



 僕は強く、念を込めた。



『ありがとう、マモルくん。ユウリ――』




 パアアアアアアァァ!




 まばゆい光に包まれ。


 気づくと僕は、現実に帰還していた。



 あたりに漂っていた霧は、完全に消えている。



「叔父さんの心の霧が晴れたから……なのかな」



 天国に帰還した、叔父さんの冥福を。


 僕は、心の底から強く祈った。



「ううぅぅ……お父さん……うあああぁぁぁぁ……!」



 ユウリも、目を覚ましていた。


 顔を覆い、わんわんと泣き続けている。



「ユウリお嬢さま!」



 アイが駆け寄ると、ユウリをぎゅっと抱きしめた。


 僕は何も言えず、その場に立ち尽くしていると。



「ごめんなさい……」



 なぜか、ナヅキが僕に謝罪する。



「私の『死神』の仕事が不完全だったせいで、マモルくんの叔父さんは――」



「それは違うよ」



 僕は、ナヅキの目を見つめた。



「叔父さんは言ってた。やさしくて真面目な死神さんに、天国へ案内してもらえた。本当に感謝している、ってさ」



「あ……」



 ナヅキは、瞳に涙を浮かべ。


 誰にともなく、頭を下げた。



 そのとき。




「クハハハハ! クハハハハハ! クハーッハハハハハハハハ!」




 ひどく耳障りな声が響いた。



「いやいや! 楽しいショーでしたよ!」



 ふたたび、魔族――夢魔のガンザが姿を現す。



「娘と亡き父親との感動の再会! 実に素晴らしいステージでしたネェ! 当初の予定とは異なりましたが、これはこれで味がある――」




「だまれ」




「ひっ……!?」



 怒りを込めた僕の視線に、魔族がひるんだ。



「これ以上、その汚い口を開くな」



 言い放ち。


 僕は魔族へ、ゆっくりと歩み寄る。



「ひいいぃぃっ……!?」



 ……許さない。


 僕の大切な人たちを踏みにじった、コイツは。



「ただで済むと思うなよ」



 宣告すると。


 魔族に向かい、僕は地を蹴った。




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