18.夢魔



「本当に申し訳ございませんでした!」



 落ち着きを取り戻したアイは、僕たちに深々と頭を下げた。



「マモルさまにあんな失礼な態度を……。ナヅキさまにも、何とおわびすれば……」



「気にしなくても大丈夫だよ。操られてたんだから、しょうがないって」



 僕はアイに笑いかけた。



「僕もナヅキも、アイも生きてる。なーんにも問題ないから」



「マモルさま……」



 アイの瞳に、涙が浮かぶ。



「本当にマモルさまは、昔のままなのですね……。小さい頃から、おやさしくて……」



 ゆっくりと、アイは目を伏せた。



「ねえマモルくん。人間界って、一夫多妻制よね?」



 いきなりナヅキが、僕にヘンなことを聞いてくる。



「あ、ああ。でも、なんでそんなこと聞くんだ?」



「なら、いいわ。安心した」



 むむむ?


 いったい何の確認だ?



 ……って。



「なごんでる場合じゃない!」



 助けに来た人物は、もうひとりいるんだ!


 しかし、僕が口を開くより早く。



「マモルさま! どうか、ユウリお嬢さまもお救いください!」



 アイが僕に頭を下げた。



「そう、ユウリだ! アイとコンビを組んでる『雷光の魔法剣士ユウリ』っていうのは、やっぱり?」



「はい。マモルさまの幼なじみの、ユウリさまで間違いありません」



「そうか……そうだったか!」



 僕の心に、喜びがふくらむ。



「ユウリお嬢さまとわたくしは、10年前の火災を逃れたあと。今までずっと、共に修行に励んできたのです」



「よかった! 本当によかったよ!」



「ですが、今……」



 アイがうつむく。



「ユウリお嬢さまは、魔族に心をとらわれてしまい……」



「魔族だって!?」



 僕は目をむいた。


 この件には、魔族がかかわっていたのか……。



「こちらへ」



 アイの先導を受け、行きついた先は。



「ファーザ叔父さんの家があった場所……か」



「魔力の発信源、なのよね?」



 ナヅキの問いにうなずき、僕は周囲を見渡すと。


 視線を向けた先に……いた。


 膝を抱え、座り込んでいる女の子が。




「ユウリ……か?」




 小さい頃から変わらない、燃えるような赤い髪。


 予想を大幅に超えて、かわいくなってはいるけれど。


 確かに、昔の面影がある。



 その碧眼は……焦点が合っていない。


 うつろな視線を、虚空にさまよわせている。




「クハハハハ! クハハハハハハハハ!」




 いきなり、高笑いが響いた。


 目の前の空間がゆがみ、赤マントの男が出現する。



 こいつが……魔族。


 人間と同じ見た目……か。



「ようこそ! ワタシは偉大なる魔王様の右腕、『夢魔のガンザ』と申します!」



「夢魔のガンザ……ユウリに何をした?」



 僕は魔族をにらみつける。



「彼女には、ワタシの遊びに付き合ってもらってますよ! 『甘美なる悪夢』に、ヒトの心がどれだけ耐えられるか? というね!」



 一発でわかった。


 こいつはゲスだ。



「ユウリお嬢さまを解放しなさい!」



 アイが叫ぶ。



「ふむ? アナタには確か、『狂戦士の呪い』をかけたはず……?」



「残念でしたわね。わたくしの自慢のご主人様に、助けていただきましたわ」



 アイは誇らしげに、僕の方を見た。



「む……」



 魔族は一瞬、ひるんだが。



「ですが! この少女の心を解き放つことは、できますかな?」



 すぐに、ニタリと笑った。



「彼女の心は、夢の世界に閉じ込めてあります。亡き父親と過ごす、甘い呪いの夢の中に、ね!」



 父親……ファーザ叔父さんか!



「この場所には少女の父親の、心のカケラが遺されていたのですよ! 『未練』という名のカケラがね!」



 ……こいつ。



「そのカケラと、少女の心とを! ワタシが魔力で結びつけた、というわけですよ!」



「死者が遺した心をもてあそぶ……許せないわね」



「ナヅキ」



 前に出ようとするナヅキを、僕は制した。



「でも! あいつ、マモルくんの叔父さんを!」



「挑発に乗っちゃダメだ」



「……わかったわ」



 ナヅキはこぶしを握り締めながらも、うなずく。



 叔父さんを天国に連れて行ってくれた、ナヅキ。


 そのナヅキは、今も。


 叔父さんのために、怒ってくれている。



 何だか……嬉しかった。



「タイムリミットまでは、あと10分ぐらいでしょうかぁ?」



 魔族は、ペラペラしゃべり続けている。



「10分後! 少女の心は、永遠に夢の世界へ閉じ込められるでしょう! 甘い夢にむしばまれながら、植物状態で一生を終えることでしょうなぁ!」



「くっ……このっ……!」



「ダメだ、アイ」



 飛び出そうとするアイを、僕は押さえ。


 魔族に言ってやる。



「どうせ、保険がかけてあるんだよな? 今アンタに危害を加えれば、ユウリの心は一生夢の中にとらわれる、って感じか?」



「……ずいぶんと、カンが鋭いお方ですねぇ」



 魔族は、いまいましげに舌打ちするが。


 すぐに、侮った表情に変わる。



「しかしアナタに、この状況を打開する手段はないでしょう? ワタシが組み立てた、カンペキなシチュエーション! 人間風情に、崩せるはずがありませんからね!」



 好き勝手に、ペラペラとしゃべったあとで。



「それでは10分後、またお目にかかるといたしましょう! クハハハハハハハハ!」



 魔族は宙に溶け、姿をくらました。



「崩せるはずがない、か。それはどうかな?」



 悪趣味なくせに、詰めが甘いな。


 今の僕には、みんなを守る『力』がある。



「あんな魔族の、思い通りにさせてたまるか!」



 僕は闘志を燃やすと、作戦を組み立てる。



「今回の場合、いきなり『解呪』するのはダメだ」



「それは、どうして?」



 ナヅキの問いに、僕は答える。



「ユウリの心を縛っているのは、ファーザ叔父さん……つまり、ユウリのお父さんだ」



 つまり。



「無理やり消してしまったら。ショックが大きすぎて、ユウリの心が壊れてしまうかもしれない」



「……なるほど。そこまで考えているのね」



 ナヅキが感心したようにつぶやく。



「だからまずは、『いにしえの勇者パーティー』の力を借りる」



「マモルさまに、そのような力が……!?」



「詳しくは、あとで話すよ」



 驚くアイに、笑いかけ。


 僕は、組み立てた作戦を口に出す。



「『マインド・コネクト』っていう、接触対象と精神を共鳴させる能力があるんだ。僕がユウリの精神世界に飛び込んで、心に直接呼びかけてみる」



 ただし。



「僕の言葉で正気に戻せるかは、わからないけど――」



「絶対にうまくいくわ」



 ナヅキが力強くうなずく。



「だってマモルくんに、不可能はないもの」



「……ああ!」



 僕もナヅキに、力強いうなずきを返した。



「マモルさま! ユウリお嬢さまを、どうかよろしくお願いいたします!」



「もちろん! 絶対に連れて帰るよ!」



 深々と頭を下げるアイに、断言すると。


 僕はユウリの手を、ぎゅっと握りしめた。



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を! マインド・コネクト!」



 宣言した瞬間。


 僕の視界が、白く染まった……。




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