17.再会
「解呪の……キス?」
ナヅキはぽかんと、口を開けたかと思うと。
「ちょ、ちょっと! ちょっとちょっとマモルくん!」
なぜか、わたわたと慌て出した。
「キ、キ、キス!? キキキキキキキス!? 冗談でしょ!? こんなときに、冗談言ってる場合じゃないわよ!」
「違う、大真面目だ!」
「こ、これまでにも何回も、その技を使ってきたの?」
「いいや、初めてだ! だから、うまくいくかはわからない! でも、ぶっつけ本番でやるしかないんだ!」
「そ、そうなの……そうなのね。そうなんだ……」
なぜかナヅキは。
顔を真っ赤にしながら、ほっと息を吐いた。
「うあああああああああああ!」
アイは狂乱状態で、斧を振り回し続けている。
「10年前に、この強さがあれば! わたくしは、マモルさまを失うことはなかった! わたくしが強ければ! わたくしが弱かったせいで!」
アイの瞳には……涙が浮かんでいた。
「わたくしのせいだ! わたくしが弱かったから! わたくしはマモルさまを助けられなかったんだ! わたくしが! わたくしが! わたくしがああああぁぁ!」
アイの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「マモルさまを返して! わたくしのマモルさまを返しなさい! 返せ! 返せ返せ返せ! 返してよ! 返してよおおおおおおおお!」
アイは泣きながら、斧を振り回し続ける。
「マモルさまああああああああ! マモルさまマモルさまマモルさまああああああああ! うあああああああああああああ!」
そんな姿に。
「アイ……」
僕は、胸が締め付けられる思いだった。
見ていられなかった。
「……少しでもヘンなことを考えた、自分が恥ずかしいわ」
ナヅキが真剣なまなざしで、アイを見据える。
「マモルくん。私、もう一度彼女を取り押さえてみる。全力で羽交い締めにするから、そのスキに『解呪のキス』を――」
「いや、大丈夫だ」
ナヅキの申し出を、僕は断った。
「力ずくじゃ、アイの心は開けないと思うから」
「でも……どうやって?」
ナヅキはとまどったように、僕を見つめてくる。
「あんなに暴れられたら、キスなんかできないわよ?」
「……やってみるさ。僕にまかせてくれ」
そう告げると。
僕はアイに向かい、歩き出した。
ノーガードで、ゆっくりと。
「ちょっ! マモルくん!?」
ナヅキが叫ぶ。
でも僕は、歩みを止めない。
「……どういうつもりでしょうか?」
アイは、冷ややかな視線を僕に向けた。
その視線を僕は、真正面から受け止める。
「僕は今から、アイを助ける」
僕は、アイのもとへと歩み寄る。
アイの瞳を、見据えながら。
一歩、また一歩と。
「わたくしを助ける? ふざけた発言、撤回していただけますか?」
アイの瞳に、怒りが灯る。
「どうしてわたくしが、あなたごときに助けられなければいけないのです? あなたの助けなど、わたくしは必要ありません」
「それでも僕は、アイを助ける」
だって。
「僕はアイの幼なじみ、マモル・フジタニだから」
「っ……」
アイの瞳が、わずかに揺れた。
「僕はアイに、謝らないといけない」
「…………」
「寂しい思いをさせて、すまなかった」
「っ……!」
「僕はあの事件で、アイが亡くなったと思い込んでいた」
「…………」
「それで10年間も。アイをほったらかして、修行に明け暮れていたんだ」
「…………」
「本当に……ひどい男だよな」
「……ちが……う……」
アイのくちびるが、わなわなとわななく。
斧を持つ手は、小刻みに震え始めた。
「ありがとう、アイ」
「ぁ……あぁ……」
「僕なんかをずっと、慕い続けてくれて――」
「マモ……ル……さま?」
一瞬。
アイの瞳に、正気の色が戻った。
「アイ?」
しかし。
バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!
いきなりアイの斧から、まがまがしい紫の火花が散ると。
「うあああああああああああ!?」
アイは頭を振りながら、激しく身をよじった。
「アイっ!?」
「うああぁぁ……あ、頭が……頭が痛い!」
「アイ! しっかりするんだ、アイ!」
訴える僕に向かい、アイは。
「わたくしを惑わせる不愉快な男など……!」
素早く斧を、大上段に構えなおすと。
「消えてしまええええぇぇ! 消えろおおおおおおぉぉ!」
絶叫とともに、僕へと突っ込んでくる。
「ダメ! やめて! マモルくん逃げて!」
ナヅキの悲鳴が響くが。
僕は……逃げなかった。
「アイ、負けるな! 僕はマモルだ! マモル・フジタニなんだよ!」
「ううううううああああああああああああ!」
僕とアイ、ふたりの声が交錯し。
ブゥゥン!
僕の頭上に、斧が振り下ろされ。
その斧は。
……ピタッ!
僕の脳天、ギリギリで止まった。
「ううっ……うあっ……うあああっ……!」
アイは歯を食いしばりながら、手をブルブルと震わせている。
「逃げて……ください……マモルさま……!」
アイが僕に訴える。
その瞳には、確かな正気が宿っていた。
「このままでは……わたくしは、マモルさまを――」
「いいや! 僕は逃げない!」
宣言すると。
僕はアイの頭に、がばっと手を回す。
10年前の僕には、力がなかった。
だから、何も守れなかった。
でも、今は違う!
「僕は絶対に、アイを守る!」
僕はぐっと、アイに顔を近づけ。
ちゅっ!
自分のくちびるを、アイのくちびるに重ねた。
「っ!?」
アイは瞳を、大きく見開いたかと思うと。
「…………」
すぐにうっとりと、まぶたを閉じた。
やわらかな感触。
甘い匂い。
アイのすべてに包まれながら。
(消え去れ! 『狂戦士の呪い』よ!)
僕は念を込めた。
バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!
頭上で、激しい音が響き。
カラーン……。
アイの手から、斧がこぼれ落ちた。
(よし!)
確かな手ごたえを感じた。
アイから顔を離すと、地面に転がった斧を確認する。
「やったぞ……!」
邪悪な魔力は、完全に霧散していた。
「マモル、さま……」
しとやかな声が、間近で聞こえた。
振り向くと。
「夢では、ないのですね」
アイが頬を染め、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
「……10年間も、空いちゃったけど、さ」
言葉がなかなか出てこない。
「その……再会できて、本当に……嬉しいよ」
何を言えばいいか、わからない。
……でも。
ひとつだけ。
言わなければいけない言葉は、わかっていた。
「ただいま」
「あ……!」
アイは、顔をくしゃくしゃにさせ。
がばっ、と。
僕の胸に、飛び込んできた。
「おかえりなさいませ、ご主人様……! わたくしの愛する、マモルさま……!」
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