14.希望

 日が落ちる頃。


 僕が『カフェ・神月』に戻ると。



「おかえりなさい、マモルくん」



 ナヅキが出迎えてくれた。


 死神ふたりは、僕より先に戻っていたらしい。



「もしかして、カフェを宣伝してくれてました?」



 カンナギが、僕の瞳をのぞき込む。


 鋭いな。


 ふたりには、何も言ってなかったのに。



「ナヅキとカンナギは、僕のために動いてくれたんだろ? なら僕だって、何もしないわけにはいかないよ」



「そんなこと、気にしなくてもいいのに……」



「本当にやさしいんですね、マモルさんは」



 ふたりの瞳が潤んでいる。


 そこまで感謝されると、すごく照れくさい。



 明日以降、宣伝の成果が出てくれることを祈ろう。



「それじゃ……」



 ナヅキはコホン、とせき払いをすると。



「マモルくんの故郷。『フューチャ村』に関する、調査結果を報告するわね」



「……お願いするよ」



 僕はうなずいた。


 緊張のせいか、手のひらが汗ばんでいる。



「実は……悪い知らせといい知らせ、両方があるの」



「まずはその、悪い知らせからですけど。ふたつありまして。ええっと……」



「そんなに気にしなくても、大丈夫だよ」



 歯切れの悪いふたりに向かい、僕は微笑んだ。



「どんな事実でも、受け止めてみせるさ。受け止めないと、前には進めないから」



「……マモルくんは、強いわね」



 ぽつりと、ナヅキがつぶやいた。



「ええ、本当に……」



 カンナギはしみじみとした表情でうなずくと、続ける。



「まずは、ひとつ目です。村を焼いた犯人は……すみません。突き止められませんでした」



「まあ、そんなにうまくはいかないよな」



 落胆がゼロじゃないといえば、ウソにはなるけど。


 わからないなら、これから見つけ出せばいい。


 それだけの話だ。



「ふたつ目は、私から話すわ」



 ナヅキの目が、少し揺れた。



「マモルくんの叔父さん、ファーザという方だけど……。この方は、間違いなく亡くなっているわ。それで……」



 ナヅキは、一度言葉を切ると。


 意を決したように、続ける。



「天国まで案内した死神は……私よ」



「えっ!?」



 僕は驚いた。


 ファーザ叔父さんが故人なのは、覚悟していたけれども。


 ナヅキが関わっていたのは、ビックリだった。



「その……ごめんなさい。昨日、名前を聞いたときに思い出せなくて……」



 ナヅキは気まずそうに、僕から視線をそらした。


 僕の気持ちは、というと。



「何だか、すごく安心したよ」



「え?」



 目を丸くするナヅキに、僕は笑いかける。



「ナヅキといっしょだったなら。叔父さんも頼もしかったんじゃないかな、と思ってさ」



「……ありがとう」



 ナヅキが目を伏せる。


 しんみりした空気が、場を包んだ。



「それじゃあ、次に。いい知らせの方も、教えてもらっていいかい?」



 僕がふたりに尋ねると。



「その前に……念のため、だけど」



「もう一度確認しても、よろしいでしょうか?」



 ふたりの死神が、真剣な顔つきで僕に聞く。



「マモルくんの妹さんの名前は、ハルカさんで」



「幼なじみのおふたりの名前は、ユウリさんとアイさん。間違いないですか?」



「ああ、間違いないよ」



 ふたりの問いかけに、僕はうなずくと。




「死んでないわ」




「……え?」



 ナヅキの衝撃のひとことに。


 僕の体は凍り付いた。



「今日私は、当時の死神仲間に片っ端から話を聞いてみたの」



 ナヅキが続ける。



「でも。その3人を天国に導いた死神は、誰もいなかったわ」



「ワタシも『死神資料館』で、事件を調べてみましたけど」



 今度はカンナギだ。



「資料館に保管された『死亡者リスト』にも、3人のお名前はありませんでした」



「そ……う……なの……か……!?」



 これまでの認識が、根底から覆された。



 頭の中がぐるぐる回る。


 そのぐるぐるする、頭の中に。


 街で聞いた、ひとつの噂が響き出す。




『おい、知ってるか? 『フューチャ村』の跡地で、妙な霧が発生してるらしいぞ』



『スゴ腕の冒険者ふたりが調査に出たらしいんだが、行方不明になっちまったってよ』



『『雷光の魔法剣士ユウリ』と、『専属メイド戦士のアイ』だろ?』




「――ルくん! マモルくん!」



「……はっ!?」



 ナヅキの声で、僕は我に返った。



「大丈夫? 汗びっしょりよ」



「う、うん……心配かけてごめん」



 まさか。


 そんな。



「ユウリもアイも……生きている?」



 僕と同じように、10年前の火災からは逃れていて。


 僕と同じように、10年間修行を積み重ねて。


 僕と同じように、復讐を目指していた……のか?



 いや。


 ユウリとアイだけじゃない。



「妹――ハルカも……生きている……のか?」



 僕の心に。


 急速に。


 希望がわき上がってくるのを感じた。



「……よし!」



 ならば僕には、今すぐに。


 行かなきゃならない場所がある!



「ナヅキ! カンナギ! ありがとう! 僕、ちょっと出かけてくるよ!」



「え? これから?」



「もう日が暮れちゃいますよ?」



 面食らうナヅキとカンナギに、僕は叫ぶ。



「街で聞いたんだ! スゴ腕の冒険者の『ユウリ』と『アイ』が、『フューチャ村』の跡地で行方不明になったって!」



「えっ!?」



「なっ……!?」



 絶句するふたりに、僕は続ける。



「幼なじみがピンチなら、見過ごすわけにはいかない!」



 決意とともに、僕はこぶしをギュッと握った。



「今度こそ、僕はユウリとアイを守る! 僕の命に変えても! 絶対に!」



 強い気持ちで、宣言すると。



「そういうことなら、私もいっしょに行くわ」



 ナヅキが手を上げた。



「こう見えても私、戦闘はそれなりこなせるの。この前は、その……いろいろあってグリフォンに後れを取ったけど。まともな精神状態なら、足手まといにはならないつもりよ」



「……いいのか?」



「ダメって言われても。勝手についていって、お手伝いするから」



 ナヅキがクスリと微笑む。



「……ありがとう」



 僕はナヅキに頭を下げた。


 何だか……すごく、頼もしかった。



「すみません、マモルさん……。ワタシも行きたいんですけど、荒事は苦手で……」



 申し訳なさそうに言うカンナギに、僕は首を振る。



「とんでもない! その気持ちだけで十分だよ」



「何か、ワタシにできることはありますか? 何でもおっしゃってください!」



 熱のこもった、カンナギの問いかけに。



「そうだな……」



 僕は少し考え、お願いする。



「僕たちが出たあとで、紅茶の準備を頼んでもいいかな? 僕の分、ナヅキの分、カンナギの分」



 それから。



「ユウリとアイの分。合計5人分を、ね」




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