07.提案
お客さんが誰もいない、カフェ『死神の住み家』の店内で。
僕はふたりの死神と、テーブルを挟んで対面していた。
ひとりはナヅキ。
もうひとりは。
「はじめまして! ワタシはカンナギと申します! ナヅキさんを助けてくれて、本当にありがとうございました!」
カンナギは人なつっこい笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げた。
銀色の髪に、金色の瞳。
ナヅキに負けず劣らずの、美少女だ。
「いやいや、それは逆だよ。僕が、ナヅキに助けられたんだ」
「控えめなお方ですねぇ。ナヅキさんが恋しちゃったのもうなずける――」
「ちょ、ちょっとカンナギ! 余計なことは言わないで!」
なぜか、ナヅキが慌てている。
「ところで、さっそくだけど。ひとつ、気になってることがあるんだ」
僕は切り出した。
「ナヅキのおかげで、僕は今生きてるけど。本当ならさっき、『封印の塔』で死ぬ運命だったんだよね?」
だから。
「僕が生き延びてしまったせいで。ナヅキやカンナギに、迷惑がかかったりはしないのかな? って思ってさ」
「そういうことなら、心配ご無用です! 順番にお話ししますね?」
言いながらカンナギは、店の隅にある水晶玉を指した。
「これは、ワタシが作ったマジック・アイテムでして。死期が近いと思われる人の情報を、キャッチできるんです。死亡時刻に死亡場所、死因などなど、ですね」
「今回のフジタニくんの件も、この水晶玉に映し出されたの。私は水晶玉と、自分の精神とをリンクさせて。頭に浮かんだ状況の場所にワープした、ってわけ」
「……ほ、ほほう。なんだかスゴイな……」
死神たちのオーバーテクノロジーに、僕はあっけに取られてしまった。
「でも、ですね」
カンナギが続ける。
「水晶玉の精度は、100パーセントではありません。たまに、ハズレることもあるんですよ」
「私のワープも、死亡推定時刻キッチリに飛べるわけじゃないの。少し早まるから、その……この間みたいなアクシデントが起こる場合も……」
ナヅキの顔が赤くなった。
「なるほど」
ふたりの説明に、僕は納得した。
「ほんの少しでもハズれる可能性がある以上。僕の死は、確定した運命じゃなかった。だから、問題なしってことか」
「まさしくその通りです! ワタシとしましては、命が助かって喜ばしい限りですよ!」
カンナギが笑った。
「私たち、死神はね」
ナヅキが続ける。
「むやみに人を、死の世界に連れていきたいわけじゃないの。そこは誤解しないでもらえると、嬉しい……かな」
……なるほど。
「よくわかった。心に留めておくよ」
僕がうなずくと、ナヅキは嬉しそうにはにかんだ。
「マモルさん、ほかに質問はありますか?」
カンナギがニコニコと問いかける。
そうだな……。
「死神が人間界に溶け込んで生活してる、っていうのはホントなの?」
「ええ」
ナヅキがうなずいた。
「冥界だと距離が離れすぎで、小回りがきかないもの。人間界にいた方が、何かと便利っていうわけ」
「街ですれ違った人が実は死神だった! なーんてことも、あるかもしれませんよ?」
カンナギがイタズラっぽく笑った。
「ふむふむ。それでふたりは、ここでカフェを経営してるってわけか――」
「むぐぐぐぐぐぐぐぐぅ!」
「しょぼーん……」
いきなりナヅキは、バリバリと頭をかきむしり。
カンナギは、しょんぼりとうつむいた。
「あの……?」
僕が戸惑っていると。
「今月もお客さん、ひとりも来てないわよね……」
「もう、家賃が払えませんよぉ……」
「このままじゃ私たち、ここを追い出されちゃうかしら……」
「紅茶や料理の味には、自信があるんですけどねぇ……」
「どうしてかしら……」
「どうしてでしょう……」
「トホホホ……」
「トホホホホ……」
どんよりした空気を発しながら。
ナヅキとカンナギは、がっくりと肩を落とした。
「おそらくだけど」
そんなふたりに、僕は告げる。
「お客さんが来ない理由のひとつは、店の名前だと思うよ」
「え?」
「へ?」
「いや、だってさ」
目を丸くするふたりに、僕は言う。
「『死神の住み家』っていう名前で、カフェだってわかるかな? ぶっちゃけるけど、僕はわからなかった。それに、たとえばだけど」
僕は続ける。
「ふたつの小説があったとする。片方のタイトルは、『人神の交わり』。もう片方のタイトルは、『勇者パーティー追放された僕は、死神とのうっかりキスで最強になれました』」
「ちょっ!?」
ナヅキの悲鳴は、スルーして。
「内容をイメージしやすいのは、どっちだと思う?」
「そ、それはまあ……後者だと思うわ。具体的にどんなお話かがわかるから、興味を引きやすい……あっ」
ナヅキがハッとした。
カンナギもうなずく。
「そういうことですか! どんなに内容がおもしろくても、パッと見でおもしろそうだと思われなければ読まれない! ということですね?」
「そう。で、これはカフェも同じ。どんなに美味しい紅茶を出せても、パッと見で紅茶が飲める店だとわからなければ。お客さんは来ないよ」
僕の言葉に。
「すごい……」
「それは……気づきませんでした……」
ナヅキとカンナギは、尊敬の表情を浮かべた。
人間の視点では、普通の考えだと思うけど。
彼女たちは死神だ。
いくら見た目がソックリでも。
このあたりの感度が人間と一緒とは限らない、ということだろう。
「……そうだ!」
ひらめいた!
これは、恩返しのチャンスだぞ!
「ナヅキ、カンナギ。もしよければ、だけど」
僕は、ふたりに提案する。
「このカフェを流行らせる手伝いを、僕にさせてくれないか?」
「えっ?」
「お手伝いしてくれるんですか!?」
「ああ! 2時間もあれば、集客準備はできる」
「に、2時間!?」
「たったそれだけで……?」
驚くふたりに向かい、僕はうなずく。
「これだけにぎやかな街なんだ。ちゃんと宣伝すれば、お客さんは来てくれるよ」
手ごたえはあった。
今の僕には、『いにしえの勇者パーティー』の力がある。
この力で、いろんなアイデアが実現できるはずだ。
「どうかな? ナヅキに命を救われた恩を、少しでも返したくてさ。もちろん、ムリにとは言わない――」
「お願いします! フジタニくん!」
「マモルさん! どうかナヅキさんとワタシに、力を貸してください!」
ナヅキも、カンナギも。
僕に向かい、深々と頭を下げてくれた。
「ありがとう。僕に恩返しの機会を、与えてくれて」
僕も、頭を下げ返すと。
さっそく頭の中で、プランを組み立て始めるのだった。
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