06.家族

 鳴りやまない歓声を、避けるようにして。


 僕は少女の手を引き、場所を移動する。



「ところで、キミは……」



「フレデリカ」



「え?」



「ボクの名前。覚えてくれると……うれしいかも」



 そういえば、僕の方も名乗ってなかったか。



「わかったよ、フレデリカ。僕はマモル。解呪師のマモル・フジタニだ」



「マモル……おにーさん♪」



 頬を染めながら、フレデリカが言う。


 表情はあまり変わらないものの、どことなく楽しそうに見えた。



「それで、フレデリカはどうしてここに? 家族とはぐれたとか?」



「ううん」



 首をぷるぷると振りながら、フレデリカは答える。



「家出してきた」



「へ? 家出?」



 一瞬、あっけに取られてしまったが。



「そういうことなら、さ」



 すぐに僕は、フレデリカの瞳を見つめて言う。



「早く帰った方がいい。家族が心配してるよ」



「だってだってだってだってだって」



 フレデリカはぷんすかと、かわいらしく怒り出した。



「パパもじいやも、ボクに厳しすぎる。毎日勉強しなさいってうるさい。自由に外にも行かせてもらえない。ボクはもっと自由に生きたい。だから――」



「うらやましいな」



 思わず、僕は口をはさんでしまった。



「うらやま……しい?」



 首をかしげるフレデリカに、僕はうなずいた。



「いいお父さんたちじゃないか。フレデリカのためを思って、いろいろアドバイスをしてくれる。フレデリカが大切だから、どうしても過保護になっちゃうんだよ」



 言葉を続けているうちに。


 僕の心は、さびしさに包まれていく。



「僕も……家族と一緒に、もっとたくさんの時間を過ごしたかった」



 口から、本心がこぼれ出た。



「僕の家族はもう、みんなこの世にいないから」



「あっ……」



 フレデリカは、口元を押さえた。



「父のことも母のことも、ほとんど記憶になくてさ」



 そう。



 僕の母は、妹――ハルカの出産で亡くなった。


 すぐに父も、病気で命を落とした。


 まるで、母を追うかのように。



「小さい頃は妹と、叔父さんと、幼なじみ2人と。5人で暮らしてたんだけどさ」



 父と母を亡くした僕とハルカは、叔父さんのもとで過ごした。


 そこには、叔父さんの娘・同い年のユウリと。


 身寄りをなくして叔父さんに引き取られた、1歳下の女の子・アイがいた。



 5人で暮らす日々は、幸せだった。


 それなのに……それなのに……それなのに!



「10年前にいろいろあって。みんな……死んじゃってさ」



「あのあの……ごめんなさい!」



「えっ……あ」



 フレデリカの叫びで、僕は我に返った。



 しまった!


 小さな女の子に、こんな話を聞かせてどうするんだ!



「い、いや。謝るのは僕の方だ。変な話をしちゃったな」



 僕が反省していると。



「……ボク、これから家に帰る」



 フレデリカが、にっこりと笑った。



「本当はわかってた。パパもじいやも、ボクをいつも大切にしてくれてるって」



「フレデリカ……」



「ボクが子供だっただけ。帰ったらちゃんと、ごめんなさいする」



「……えらいな、フレデリカは」



 僕は、フレデリカの頭をやさしく撫でた。



「あっ……」



 ピクンと、フレデリカの体が震える。



「ご、ごめん! イヤだったかな」



「ううん……その逆。とっても落ち着く。もう少し……してほしい」



「わかった。それじゃ……」



 僕はフレデリカの頭を、ゆっくりと撫で続ける。



「ん……」



 フレデリカは目をとろんとさせ、気持ちよさそうにしていた。



 それにしても。


 あんな暗い話題を、小さな女の子の前で出してしまうとは。



「勇者パーティーに殺されかけて、ナーバスになってるのかもな。気をつけないと――」



「勇者パーティーに殺されかけた?」



「おわっ!?」



 気がつくと。


 フレデリカの瞳がじっと、僕をのぞき込んでいた。



 しまった!


 また余計なことを、口に出してしまった!



「もしかして、勇者ダイトたちのこと?」



「し、知ってるのか?」



「何回か会ったことがある」



 フレデリカの瞳に、怒りの色が混じった。



「ボク、あの人たちキライ。他人を、使い捨てのアイテムみたいに思ってる。まさかマモルおにーさん、あの人たちに――」



「そ、それよりフレデリカ! 『死神の住み家』って名前に心当たりはないか!?」



 僕は強引に話題を変えた。



「実は、場所を探しててさ! といっても、何のことかわからないだろうけど――」



「知ってる」



「へっ? ウソ?」



「ホント。この近くにある、カフェの名前」



「スゴイな……」



 驚く僕に、フレデリカはふんす! と胸を張る。



「この街の情報は、全部頭に入ってる。姫としては当然の……あっ!」



 フレデリカはしまった! という表情を浮かべ、慌てて口を押えた。



「ん? 何だって? よく聞こえなかった――」



「お、お城……じゃなくって! い、家に帰る前に、案内する! ついてきて!」



 フレデリカはグイグイと、僕の手を引っ張り出した。



「えっ、ちょっ、おわっ!」



 引っ張られながら、5分ぐらい歩いたあと。


 ひとつの建物の前で、フレデリカが手を離した。



「ここが、マモルおにーさんの探してるお店。でもお客さん、ほとんど入ってないみたい」



「ま、そうだよなぁ」



 僕は納得してしまった。



 カフェの名前が『死神の住み家』ってのは、ミスマッチじゃないか?


 というよりも。


 この名前でカフェだとは、普通わからないんじゃ……?



 などと、僕が疑問に思っていると。



「そ、それじゃあボクはこのへんで。ま、また会えると嬉しいかも」



 フレデリカはあたふたしながら、僕のもとを走り去ろうとする。



「待った! 最後にひとつだけ!」



 フレデリカを呼び止め、僕は言葉をつむぐ。



「お父さんとじいやさんを、大切にな」



「……うん!」



 フレデリカはにっこり笑うと。


 とてとてっ、と走り去っていった。



「すっかり助けてもらっちゃったな」



 感謝の気持ちを込めながら。


 遠ざかっていくフレデリカの後ろ姿を、見送ったあとで。



「よし!」



 さっそく、僕はカフェに入った。



「いらっしゃいま……あっ!?」



 現れたナヅキは、僕の顔を見て息をのんだ。



「フ、フジタニ君? まさか、こんなに早く来るなんて……?」



 目をパチクリさせながら、ナヅキが驚く。



「例の『力』のおかげ、なの?」



「半分はね。もう半分は、優秀なガイドさんがいたからだよ」



「そ、そうなんだ……」



 などと、言葉を交わす間にも。


 なぜか、ナヅキの顔は。


 どんどんと、赤くなっていくのだった。





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