03.自信

「……ありがとう」



 しばらくして、ナヅキが僕に頭を下げた。



「その……助けてくれて。フジタニくんは、私の命の恩人ね」



「それは僕のセリフだよ。僕がこうして生きてるのは、ナヅキのキスのおかげ――」



「思い出させないでええええええぇぇ!?」



 ナヅキが絶叫した。



「い、いや! ホントにごめん! 僕なんかが相手で、申し訳なく――」



「ち、違うの! そうじゃないの! むしろフジタニくんはタイプで! でもでもファーストキスだったからって私は何を言ってるのおおおおおおぉぉ!?」



 ナヅキは頭を抱えたかと思うと。



「と、とにかく! 私はもう行くわ! 仲間の死神に、今の件を報告しないといけないから!」



 ナヅキはわたわたしながら、何やら呪文を唱え始めた。



「わ、私、『ホープタウン』の『死神の住み家』にいるわ! き、気が向いたら来てちょうだい!」



「ちょっと待った! その『死神の住み家』って何だ? どこにあるんだ? おーーーーい!」




 バシュン!




 僕に答えを返さず、ナヅキは姿を消してしまった。



「……どうしよ」



 ひとり残され、僕は考える。


 考えた結果、出した結論は。



「追いかけよう。ナヅキには恩返しがしたい」



 ナヅキとのキスがなければ。


 僕は今頃、この世にいなかった。


 たとえ、助かった理由がアクシデントだったとしても。



「どんなに感謝しても、足りないぐらいだよな」



 それに。



「死ぬはずだった人間が、生き延びてしまったことで。ナヅキに迷惑がかかったりしないのかも、確認しておきたいし」



 よし!



「行こう! 『ホープタウン』へ!」



 ホープタウンは、かつて訪れたことがある。


 にぎやかで、活気のある街だ。


 この塔からだと、徒歩ではメチャクチャ時間がかかるだろう。



 でも。



「僕には手に入れた、『いにしえの勇者パーティー』の力がある」



 頭の中にホープタウンの光景を思い浮かべ、僕は宣言する。



「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を! テレポート!」



 ぐにゃり、と視界がゆがみ。


 気がつくと。


 目の前には、にぎやかなホープタウンの街並みが広がっていた。



「こんなことまで、できるのか……」



 『いにしえの勇者パーティー』の、規格外の力にあきれつつ。


 僕はナヅキの言う、『死神の住み家』とやらを探そうとするが。



「こっから、どうしたもんかな……」



 ぶっちゃけてしまうと。


 『死神の住み家』というのが何を指すのか、サッパリわからない。



 でも、そういえば……。



「聞いたことがあるぞ。死神は普段、人間の世界に溶け込んで生活している、って」



 作り話だと思ってたけど。



「案外ホントかもしれないな。ナヅキの見た目は、人間ソックリなわけだし」



 となると。


 可能性としては、何かの店の名前か――。



「オイ、ガキ! どこ見て歩いてんだコラぁ!」



 物騒な声が聞こえた。


 目を向けると。


 そこにはひとりの大男と。



「ひっ……!」



 おびえた表情を浮かべる、ひとりの小さな女の子がいた。



「ボ、ボク……わざとじゃないの……本当に、ごめんなさい……」



 女の子はおどおどしながら、一生懸命に謝っている。



 年齢は、10歳前後だろう。


 腰まである長い金髪に、大きな青い瞳が印象的だ。


 高そうな服を着てるから、いいところのお嬢さんだろうか?



「ふざけんじゃねえ!」



 大男は威圧するように、大声でわめいた。



「急にぶつかってきやがってよ! わざとじゃなければ何してもいいのか!? ケガしたらどうするつもりだ!? 責任取れんのか!? あぁん!?」



「ひぃあ……!」



 女の子がガタガタ震える。


 周囲がざわめき出した。



「どう見ても……男の方からぶつかったよな?」



「ああ……間違いねぇよ」



「アイツ、Cランク冒険者のベルドだろ……?」



「実力はあっても、素行は最悪らしいぜ。ギルドでも持て余してるって話だ……」



 ……なるほど。


 女の子に落ち度はない、か。


 なら、見過ごせないな。



「おい、アンタ。その子に謝れ」



 僕は、大男に声をかけた。



「あぁん!? 何だアンチャン? ケガしたくないなら引っ込んでな!」



「そうはいかない」



 大男のにらみを、僕はさらりと受け流した。



「これ以上その子に絡むなら、僕が相手になる」



「はぁ?」



 大男はぽかんとしたかと思うと。



「ぎゃっはっはっは! ぎゃはははははははは!」



 ゲラゲラと笑い出した。



「お前みたいなアンチャンが、俺の相手になるだとぉ? テメエ、俺のこと知ってんのかよ? 泣く子も黙る、Cランク冒険者のベルド様だぜ! テメエをギタギタにするぐらい、屁でもねえ!」



「いいや」



 僕は女の子を後ろにかばいながら、大男の前に立った。



「ケガをするのは、アンタだ」



「へっ、へへへっ……へへへへへへっ……!」



 大男の瞳に、怒りの炎が浮かんだ。


 かと思うと。



「調子づいてんじゃねえぞコラああああぁぁぁぁ!」



 僕の顔面に、ストレートが飛んできたが。




 バチィン!




 僕は左の手のひらで、カンタンに受け止めてみせた。



「んなっ……!?」



 目を見開く大男に、僕は告げる。



「もう一度言う。その子に謝れ」



「ぐ、ぐぐっ……ぬぐぐぐ……!」



 大男の顔が、真っ赤になったかと思うと。



「こっ、こんな、こんなっ……!」



 わなわな震えながら。



「こんなことがあってたまるかああああああああぁぁ!」



 ふたたび殴りかかってきたが。




 スカッ!




 僕は、パンチをかわすと。



「仕方ないか」



 右手で大男の顔面に、軽くジャブを飛ばした。




 バギイイイイィィ!




「ぶぎゃああああああああああぁぁ!?」



 大男の体は、宙を舞い。




 ドゴオオオオォォン!




 近くのカベにブチ当たると、ズルズル崩れ落ちる。


 完全に失神したみたいだ。



「……加減しまくってもコレか。ホント、とんでもない『力』だよな」



 手を抜きまくっても屈強な男を軽々と倒せる、圧倒的なステータス補正。


 グリフォンを一撃で仕留めた、セイント・フレア。


 一瞬で瞬間移動できる、テレポート。



 これらは手にした『力』の、ほんの一端にすぎないのだ。



 ……この力があれば、僕は。



「10年前の復讐を、成し遂げられるかもしれない……!」



 心に、自信がフツフツとわき上がってくる。


 と。




 ワアアアアアアアアァァ!




 周囲から、歓声が上がった。



「いいぞー! 兄ちゃーん!」



「ざまあ見ろー! ベルドー!」



「あのベルドが一撃だぜ! 何て強さだ!」



「こんなスゲエヤツがこの街にいたのかよ! いったい何モンなんだ?」




 うぅむ。


 ちょっと目立ちすぎたかもしれない。



「おにーさん」



 気がつくと。


 女の子が僕の服を、くいくいと引っ張っていた。



「助けてくれてありがとう……とっても、カッコよかった……!」



 女の子は頬を染め。


 ぺこりと、僕に頭を下げるのだった。

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