02.覚醒
……それから、どれぐらいの時間が経っただろうか?
(ぐう……うぅぅ……あぁぁ……)
僕の意識は、どんどん闇に沈んでいく。
目がかすむ。
命の灯が消えかけているのは、はっきりとわかった。
(もう、ダメなのか……)
心を弱気が包んだ、その瞬間。
パアアアアアアアアァァ!
突然、あたりを光が包んだ。
(まぶしい!)
僕は思わず目を閉じた。
やがて、光が収まったとき。
「私はナヅキ」
前方から、女の子の声が響いた。
(誰……だ?)
必死に目を開けると。
ぼやけた視線の先に、何者かの姿が見えた。
「マモル・フジタニくん。あなたを死の世界に連れていく、死神よ」
(しに……がみ……)
聞いたことがあった。
人は、この世で命を落とす直前に。
死神に出会い、天国や地獄に案内されることがある、と。
(待ってくれ! 僕はまだ死にたくない! 僕はここで死ぬわけにはいかないんだ!)
必死に叫ぶも、声が出ない。
「安心して。あなたの魂の向かう先は、天国だから」
ナヅキと名乗った死神は、僕に向かって一歩を踏み出す。
「さあ。私といっしょに、逝きましょう」
死神は一歩、また一歩と。
僕にゆっくり近づいてくる。
(いやだ! 僕は死ねないんだ! 10年前! 僕のすべてを奪った犯人に、復讐するまでは!)
絶叫したつもりだった。
でも舌は、ピクリとも動いてくれない。
「…………」
無言で死神は、僕のもとへと歩み寄る。
もう僕との距離は、ほんのわずかだった。
(ダメか……死ぬのか、僕は……)
とうとう、あきらめの気持ちが浮かび。
僕はぎゅっと、目を閉じた。
そのとき。
ガツン!
僕の足に、何かが当たった。
「きゃあっ!?」
悲鳴が聞こえたかと思うと。
「あ、きゃ、きゃああああああああっ!?」
絶叫とともに。
むぎゅっ!
僕の体の上には、何かがのしかかり。
ちゅっ!
くちびるには、何かが触れた。
(何だ、コレは……?)
やわらかくて。
あったかくて。
いい匂いがして。
心が落ち着いていく、不思議な感覚。
(いったい……?)
僕が混乱していると。
ドシュウウウウウウウウゥゥ!
いきなり身体に、すさまじい力があふれてくるのを感じた。
同時に頭の中へ、謎の声が流れ込んでくる。
『あなたの中に宿った『いにしえの勇者パーティー』の力は、異種族異性とのキスで覚醒しました』
『いにしえの勇者パーティー5人のスキル・特技・魔法が、あなたのものになりました』
『あなたのステータスに、いにしえの勇者パーティー5人分が加算されます』
『ただし。あなた、もしくはあなたのパーティーメンバーが人間を殺めた場合。手にした力は失われます』
『なお。手にした力には、使える期限があります』
『期限が近付いた場合は、改めてお伝えします』
『限られた期間で後悔のないよう、手にした力を役立ててください』
……声が聞こえなくなった。
(何だったんだ……?)
頭の中に、ハテナが浮かんだとき。
(……あれ?)
僕は気づいた。
(体のしびれが消えてる?)
いや、それだけじゃない。
刺された脇腹や太ももからも、痛みは感じない。
出血も止まっている。
体内の毒も、浄化されたみたいだ。
(いったい……?)
恐る恐る、ゆっくり目を開けると。
目の前には、女の子の顔のドアップがあった。
(っ!?)
彼女は、僕の上にのしかかっていて。
僕のくちびると彼女のくちびるとは、ピッタリくっついていて……。
「うわっ!?」
慌てて僕は、顔をそむけた。
「ご、ごめんなさい!」
女の子も慌てながら、僕から離れた。
かと思うと。
「わ、わわ、わわわわ私! ししし死神なのに、にににに人間と、キ、キキ、キキキキスキスキスを……!」
何やら、わたわたしている。
「この子が、死神のナヅキ……なのか?」
パッと見は、僕と同い年ぐらいの女の子にしか見えない。
整ったルックスは間違いなく、100人中100人が美少女と評価するだろう。
つややかな黒髪に、黒いマント。
瞳はきらきらと、金色に輝いている。
「わわわわわたわた……!」
出現したときは、落ち着いた雰囲気を漂わせていたナヅキだけど。
今は手に取るように、動揺しまくりなのがわかった。
……まあ、動揺してるのは僕も同じだ。
まさかこんな形で、ファーストキスを――。
ガシャアアアアアアアアン!
「何だ!?」
何かが割れる音で、僕は我に返った。
「キシャアアアアアアァァ!」
グリフォンが一匹、塔の窓をブチ割って飛び込んできたのだ。
「ひっ!?」
不意打ちにナヅキは悲鳴をあげ、その場に固まってしまう。
そんなナヅキに、グリフォンが一直線に向かっていく。
「させるか!」
僕はナヅキの前に飛び出した。
感覚でわかった。
今の僕の体には、確かに。
圧倒的な力が宿っている、と!
「いにしえの勇者たちよ! 僕に力を!」
突き出した僕の右手に、白いエネルギーが集まる!
「セイント・フレア!」
僕の宣言とともに、白い炎がグリフォンへ一直線に伸びた!
ドゴアアアアアアアアアアッ!
白い火柱が吹き上がる!
「グギャアアアアアアァァ!?」
ドゴオオオオォォォォオオオオン!
火柱は一撃で、グリフォンを消滅させた。
まさに、一瞬の出来事だった。
「マジ……で?」
あまりの威力に、僕はあっけに取られてしまった。
「えっと……つまり」
僕は、事実を積み上げ。
自分の身に起きたことを、推測する。
「こういうことか? さっき僕は、伝説の武器を手に入れるために、『いにしえの勇者パーティー』の封印を解いた」
そのときに。
「解呪した『いにしえの勇者パーティー』の力が、僕の中に宿っていた」
それが。
「異種族……つまり死神とのキスで、覚醒した」
その結果。
「僕は『いにしえの勇者パーティー』の力を手に入れ、最強になった」
ううむ。
「そんな都合のいい話ってある?」
僕は首をかしげた。
でも、事実は事実だし――。
「フジタニくん」
気がつくと。
ナヅキが驚きの表情を浮かべ、じっと僕を見ていた。
「あなたいったい、何者なの?」
「ただの人間……のはずだった」
でも。
「今は……少しだけ、違うのかもしれない」
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