カントの朗読 #11 痕跡
カント「ここからはカルチェス所属ルイス・アマートによる事件のあらましが語られております。物語というよりかは覚え書きのように書かれておりますので、要点だけを書き抜かれたようでございます」
***
市街の警らたちによると、事件が起こったのはほんの数日前だろうとのことでした。
さきほどディーゼルさんが伯爵と懇意にしているかと仰られましたが、実はグレイド伯爵家には月に2度ほど足を運んでおりました。
去年の秋頃催された宴の折に警護をお任せ頂いた際、伯爵のご子息のお相手をさせて頂いたのがきっかけでございました。ご子息は剣や槍を持って勇猛果敢に戦う騎士に憧れがおありでしたので、ぜひ話を聴かせて欲しいとのことで宴が終わるまで一族の話をさせて頂きました。
「我が家でも話を聴かせてくれないだろうか」
夜が明け、伯爵とご家族が馬車に乗られるときご子息はこう仰って下さいました。
「申し訳ございません。私はヴィアレットの護衛の任務がございますので」
丁重にこうお断りするとご子息は続けて、「ならば僕と友人となろうじゃないか。今度僕の家へ来るといい」と仰って下さいました。この申し出に私は戸惑いを覚えました。なにぶん、私と伯爵の子息とは身分が違います。
「それは良い。私の息子の友となれば身分も何もあるまい。遠慮無く訪ねてくだされ」
しかし、同乗された伯爵はそう仰って下さり、私もそれならばとご厚意に甘んじ、その日から数日の間をおいて伯爵の屋敷の客人となったのです。
とは申せ、カルチェスの任務をおろそかにしたことはございません。
先の通り、私は月に2度の非番の日に伯爵の屋敷を訪ねました。
宴の時と同じように、もっぱら私の家の伝説や騎士道に連なるお話をさせて頂きました。伯爵の屋敷の方々は非常に親切にして下さいまして、私とご子息がともに談笑をしている時には、軽いお菓子や飲み物を出してくれたりしました。時には、ご子息の家庭教師の目を盗みこっそりと家を抜け出して市場に遊びに行ったこともありました。私とご子息は年は4つほど離れており、不敬ですが私は弟ができたような気持ちでございました。
いつの間にか、私とご子息は分かちがたい友となっていたと思います。
そして昨日はちょうど月に2度目の来訪の日でした。
しかし、そこには私の想像を打ち壊す現実がありました。
何代も続いた白亜の立派な屋敷の周りを人々が取り囲み、戸口からは黒い棺が運び出され、門扉の前に並ぶ棺の前では教会の神父様が何人も祈りを捧げているのでした。
屋敷を取り巻く人々は不安げにこう口々に言っておりました。
「生き残った者は誰もいなかったって?」
「あぁ、それもまるで野犬にでも食い荒らされたようにひどい有様だったようだ」
「以前吸血鬼が人を襲うという話があっただろう。それがまた出たと皆が噂をしているよ」
「窓も扉も何も壊された様子はなかったとのことだ。まるで霧だな」
これが私が見聞きいたしました事の顛末でございます。
***
ルイスが語り終えるのを私も男たちもメイドたちも、そしてルナもじっと聴いていました。途中ルイスは顔をゆがめて辛そうに言いつぐむこともありましたが、彼は気丈に話を続けてくれたのでした。
「ディージ。どうなんだ?お前が見た化け物とよく似ているのか?」
眉根を寄せて聴いていたカルチェスの男のひとりがディーゼルに向かって尋ねました。
「いかんともしがたいな…」
ディーゼルは頭の後ろで手を組み、口には先ほどまで食べていた軽食のスプーンを噛んでいました。その顔には他の男たちと同様に何とも難しげな色が浮かんでいました。
「俺が見たのはほんの少しの間だけだ。しかし、惨殺の手口やかみ傷は先にあった事件と同じだな。だが、さすがに屋敷を荒らさずに霧のようにってのは初めて聴いた」
「他の家はどんな荒らされ方だったんだ」
「生き残ったやつの話では、だいたいが家具も何もぼろぼろさ。性質が悪い」
食堂を重苦しい空気が包んでいました。
しばらくの間、誰も口を開かず、いつも賑やかな食堂はうち捨てられた教会よりも暗い沈黙の空気が流れていました。
「ユナの従僕よ…」
それまであまり興味はなさそうに腕を組んで聞いていたルナが唐突に口を開いて言いました。
「そちはその家の棺を開けて見たのか?」
ルイスはその質問に目を伏せて答えました。
「…いえ、とてもそのような猶予はありませんでした」
「そうか…」
ルナは鼻を鳴らし、しばらく考え込む仕草を見せ、
「友よ。お前は吸血鬼の伝説をどの程度聞き及んでいる?」
次に話しかける相手を私へと変えました。
「唐突ね。そうね…吸血鬼といえば人の血を吸うこと、十字架や聖なるものに弱いとかかしら?」
「そうだ…他には思いつくか?」
「他と言われてもね。ジョリス、貴女は何か思いつくかしら」
私が隣に控えるジョリスに尋ねると、彼女は口元に手を当てて答えました。
「やはり、血を吸われた者は吸血鬼になるということでしょうか」
「そうだ、吸血鬼に噛まれた者は眷属となる…」
ルナが意味深げにそう呟くのを見て、私はさっと背筋に冷たいものが流れるのを感じました。
「まさか…伯爵様たちは…」
「そう…、その某という者を襲ったのはまちがいなく吸血鬼だ」
ルナはそっと椅子から立ち上がって、窓の外を見つめました。彼女の見上げる先には煌々と輝く大きな月がありました。
「吸血鬼」
誰ともなく、そう反芻しました。
「吸血鬼に噛まれたからと言って誰しも同じ存在となれるわけではない。身体を霧に紛らせ、姿を変え、長い時を生きる人を超えた高潔な存在となるには素質がいるのだ」
「その素質がない者はどうなるってんだ?」
ディーゼルがそうぶっきらぼうに聞きました。
「生ける屍。屍鬼となる」
ざわざわと食堂に集まる者たちの毛が逆立つような気配が起きました。
「その生ける屍たちはどうなるというんだ」
カルチェスの男の一人がやや興奮した面持ちで言いました。
「単純なこと。ただあてもなく彷徨い、意味も無く呻き、獣よりもおぞましく食らい、光や聖なる者を嫌い、闇に潜み、塵芥にまみれ暮らす。ただそれだけのこと」
ルナは窓を背にしてきっぱりとした口調で言いました。その瞳はなおも冷たくもありながら、どこか悲哀を感じさせるものでした。
「屍鬼は生前親しくしていた者の血肉を狙う。その伯爵の子も屍鬼となったからには、そちも狙われる同期ができたというわけだ」
「早ければ今夜、その屋敷の者たちは屍鬼となって人々を襲うだろう」
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