カントの朗読#3 マドリードの屋敷の話
先に申しましたとおり、私の屋敷は今はスペイン帝国マドリードにございます。曾祖父の代では、カスティーリャ王国のトレドにて土地を持ち過ごしてきましたが、祖父の代より屋敷を移って参りました。稼業は様々な商品を買い付け、それを売ることを生業としています。扱っている商品は多岐にわたりますが、やはり胡椒などの利権が一番功を奏したものではないでしょうか。あとは、ワインや織物、花なども扱っており、小さい時分は、父と祖父が扱っている商品の見本を穴が開くほどに見ている姿をよく盗み見たものです。
そうそう。挿絵にあります通り、私たちの顔形はどこか皆異なったように見えると思います。特に私たち姉妹は髪の色も少し差があると思うでしょうが、正真正銘母を同じくしております。これには理由がありまして、母はウェールズの出身、祖母はカペー朝フランス王国の出身なのでございます。稼業の商売のさながら、他国への買い付けや港への立ち入りが多く、その最中でのなれ初めでございましたので、なんともはや不思議な家系図ができあがったものです。しかも、元を辿ると祖母も母もまた別の民の血が入っておりますので、その血を引く私は、まるで世界を征服した女とでも言って良いのではないでしょうか。冗談です。
さて、私の詳細はこれまでにして、物語と言うからには、何かお話を書かなくてはなりません。
私の屋敷は、カルチェスという傭兵集団を抱えております。主な職務は私たち家族の護衛ですが、遠い地への使いに出てもらうこともしばしばございます。彼らは全部で30名ほどおり、敷地内に併設された宿舎で寝起きを共にしております。小さい時から、彼らは馬車の護衛や遊び相手として近くにおり、もはや家族同然に思っております。今も暇な時間を見つけては彼らの宿舎に遊びに行くのが楽しみでして、そこでは不思議な話をよく聴かせてもらうのです。
ある日の昼頃、暇を持て余した私はいつも通り、傭兵たちが食事をとる宿舎の食堂へと降りてきました。そこでは傭兵たちが思い思いに過ごしており、訓練のあとの軽い食事をとる者もいます。
「お嬢。今日も来たのかい」
彼らは私に気付くと、それまで座っていた席を空けて招き入れてくれました。正直、筋骨隆々な男たちに囲まれると少しむっと汗臭いのですが、もう慣れたものです。
「えぇ、お姉様方はいつもの殿方探しで忙しいから」
私がぶっきらぼうに答えると、傭兵のうちのひとりが言いました。
「そりゃあ、仕方のないことですや。お家の繁栄の為には、他の家との繋がりが欠かせないと聞きやす。お嬢も、もう少ししたら良いお婿さんをお見つけあそばさねば」
「あまり結婚には興味ないわ。それよりも、貴方たちとこうして話したりする方が楽しいのよ。それに錬金術を女が学ぶのに良い顔をする殿方がいるのかしら」
我が家には代々仕える者が何名かおりまして、そのうちのひとりにエニグマという者がおります。彼は生粋の学者でして、特に錬金術に造詣の深く、時折私は彼に手解きを受けるのが趣味となっているのです。
「お嬢。俺らは嬉しいことですが、それは・・」
「リズ。お説教を聴きにきたのではなくってよ」
リズと呼ぶ傭兵は私がこう言うと、それ以上は何も言いませんでした。心配性な男ですが、私は特に悪感情を抱いているわけではありません。
「それよりも、誰か珍しいお話はないの?聴かせてほしいわ」
私がこう聞くと、その場にいた男たちはそれぞれに顎をなぞったり、天井を見上げたりと悩み始めました。
「う~ん、といっても最近はあまり遠出も久しいですからなぁ」
いざとなれば勇猛果敢に戦う、張り詰めた雰囲気を持つ彼らでも、私の前ではこうやっておたおたとするのです。その顔を見るのも私は楽しく仕方ないのです。
「お嬢。俺はちょうどこの間、不思議な体験をしてきたぜ」
こう切り出したのは、私の護衛によくついてくれるディーゼルという男でした。
「あら、ディーゼル。また私を担ごうというのかしら」
私がこう返すと、ディーゼルはおどけた仕草で答えました。
「悪い悪い。この間のはほんの冗談さ。お嬢があまりに真に受けるんでついな」
「えぇ、確かワーウルフだったかしら?夜に狼に変身する男の話。散々調べたけど、そんな話は誰も知らなかったわ」
「嘘とは言ってないさ。いるらしいって話で」
なおもディーゼルはとぼけようとするのを、隣に座った男がたしなめながら言いました。
「おい、ディーゼル。そこら辺にしとけ。それより、不思議な体験ってのは何なんだよ」
「ん。おお、あー、だいたい二週間ほど前さ・・」
ディーゼルはこうして語り始めました。
ヴィアレット家豆知識
屋敷には40人の執事とメイドがおり、そのうち半分は代々仕えている一族。
特にイリインスキー家とアルベルティ家が一番古く、次に古いのが北椿家。
北椿家は4代目にあたり、代々玄武の名前を継いでいる。
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