カントの朗読#2 序言

 親愛なる読者様方。

 これから始まる物語は、私ことユナリヤ=ヴィアレットが体験し見聞きしたことを下地にして描かれる創作でございますが、全てが真実とは申せず、時に表現をぼかし、時に文体を装飾するための嘘もところどころ混ざることをお許しくださいませ。何事も真実は退屈なもので、起こったことをありのままに書くというのは実に冗長なものでございます。とは申せ、私の身の回りにはなんとも不可思議で、市井に生きる人々には想像もできない事件が次々と舞い込んで参ります。私も日々、日記をつけるのを習慣として参りましたが、読み返せばその時の興奮や驚嘆が拙い文体によって書かれており、それ自体がすでに子どもが午睡のうちに見るとりとめのない夢のような話を思い起こすようなものなのでございます。

 お出しする料理の品についてですが、私の身の回りの侍女たちとの何気ない小話や、ヴィアレット家を護る勇猛果敢な傭兵たちとのお話もできればと考える次第でございます。一応私にも誰にも言えない秘密の冒険をした経験はあるので、それもいつか披露させて頂ければと思います。

 しかし、なにぶん私もこのようにして物語を紡ぐなどとことは初めてでございますので、矛盾や破綻などについてはお見逃し頂ければ幸いと存じます。本来ならばペトロニウスにも肩を並べられるほどの著述を残したいところですが、私にも生活というものがございますので、その文章量は圧倒的に些少なものとなることもお見逃し頂きたく思います。あくまで、余暇のうちに書かれた娯楽に過ぎないことをここに口を強くして宣言致します。

 なにより、こうして机に向かってペンを走らせるというのも、なかなかに億劫で骨の折れる作業でございます。昼ならば窓から燦々と入る太陽の光のもとで書くということもできましょうけども、夜はランタンの僅かな灯火を紙の傍まで近づけて目を食い入るようにして見なくてはならないのですから、下手をすればあの枢密院のご老歴方のように目を近くして見る羽目になるとも限りません。聞けば、修道院のおつとめのひとつに写字というのがあるそうで、そこでは日がな一日中、修道士が本という本をかたはしから書き写すということをなさるそうです。その方々も長いおつとめの間には目が近くなり、また指にはたこができて石のように硬くなってしまうというのです。私はあの方々のご献身にはいたく尊敬の念を感じますけども、水仕事すらしない私のこの柔肌が荒れ放題に荒れるというのは少し躊躇を覚えてしまいます。というわけで、この物語はごく短いものとならざるを得ないのです。まぁ、あの『ドン・キホーテ』を著述致しましたセルバンテス公の『模範小説集』も短文の小話をまとめた物でございますし、なにも私は歴史を書き記すものではないのですから、思いのままに筆を走らせることといたします。

 先日には先の戦による負傷兵と未亡人方への施しもふんだんにさせて頂きましたし、敬愛するお姉様方が高名なる殿方のお相手をつとめる館を抜け出して、こうして机に向かうのも、偉大なる主は大目に見てくださいますでしょう。

 

追記

 名はユナリヤ=ヴィアレット=アタリと申します。

 上には姉がふたりございまして、私は三番目の末妹となります。

 家は代々カスティリャ王国、スペイン帝国にて地主として暮らして参りましたが、祖父と父は先のイングランドとの戦いにて大いに利殖を得ることに成功し、今は帝国、ネーデルラントを相手に貿易を行っております。そのため、今は慣れ親しんだスペインを拠点としておりますが、いずれ他の国へと移ることもあるでしょう。また、先の大戦の折不思議な縁が結ばれたことにより、遠く離れたジパングという国からも様々な品が送られて参ります。かの国の者の作る絢爛で可愛らしい装飾については、いずれ物語でも書かせていただくと思います。

 私の家には代々教会よりの贈り物を届ける命が下ることがございまして、その道中を護るものたちがございます。彼らはいわゆる傭兵の身でございますが、どうして陽気で勇壮なものたちでございます。名を『Calces』と言います。

 

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