ヴィアレットの過去

Yuna=Atari=Vialette

カントの朗読#1

 私とお兄様の住むヴィアレット家の屋敷には、用途にあった大小様々な部屋があります。

 最も広いのはヴィアレット家の面々が一堂に会することのできるラウンジ。その次は外部から客人を招く諸間、食堂、図書室、主の部屋などが続き、あとは執事とメイドたちの暮らす個室や生活に関わる部屋が見られる形となります。主にこの屋敷には普段、総勢100名弱が生活を共にしているのですが、屋敷の広大さに比べればその数は相対的に少ないものであるといえるといえるでしょう。

 そのため、屋敷にはほとんど人が立ち入らない部屋がいくつかあり、屋敷の主人である私たちや執事長のにゃん太郎でさえ知らない過去の遺物が発見されることがままあるのでした。

 4月も半ばを過ぎた頃、新年度を迎え、心機一転屋敷の大掃除が行われた日に、例の如く不思議な書物が数点、所蔵庫の奥から発見されました。それは、分厚い革装幀の施されたもので、表紙の真ん中にはヴィアレット家の紋章によく似た印が彫り込まれておりました。なかを開くと、まるで聖書のようにびっしりと細かい文字が書かれ、章ごとには絵が差し込まれており、海の上に浮かぶ船や、魔女らしき人物などが生き生きとした筆使いで描かれていました。

 それが私たちの手元へと届けられたのは夜になってからでしたが、いずれの時代の物か、誰が書いたものなのか皆目見当つくことはありませんでした。幸いなことに屋敷の所有物は代々厳重に保管されていた故に、手書きでありながら落丁や破れは見られず、ところどころに小さな劣化が見つかる以外は非常に綺麗な状態となっていたため、文字や絵を眺めるぶんにおいては特に不都合は見当たりませんでした。

「う~ん、これはラテン語かしら」

 埃や汚れが綺麗に取り除かれたその数冊の書物を前に、本の所有者である私は眉をひそめて言いました。

「さすがにこれを読むのは難しいね」

 私の隣ではお兄様も難しい顔をしてそう答えます。

 書かれた文字は現代の筆記体などとは違って優美なカリグラフィーで終始しており、このまま美術品として保存としておく分には一向に問題はないものでした。しかし、ヴィアレット家に名を連ねる私たちの心境としては、是非とも時を流れて手元へと渡ってきたこの本を読んでみたい気持ちがありました。

「失礼致します。お嬢様、お坊ちゃま」

 ふいに私たちのそばに『アプリオリ』が立ちました。後ろには機械の娘である『カント』を連れていました。

「先ほど、カントがラテン語の学習を終えましたので、翻訳をさせても宜しいでしょうか」

 私たちは『アプリオリ』の言葉に目を見張って、『カント』を見つめました。

「それは助かるわ。ねぇ『カント』。これは何が書かれた本なのかしら」

 私はそう言って、『カント』を隣へ招き寄せると、ページをめくった最初の行を見せて尋ねました。

 しばらく、『カント』はじっとその文字群を見つめて答えました。

『Si。どうやらこちらはヴィアレット家の過去の記録でございます』

 ヴィアレット家の記録という単語に、その場が色めき立ちました。私から本を受け取った『カント』はパラパラといくつかのページを見開いて続けます。

『ヴィアレット家がスペイン帝国を拠点とし、現在の欧州、日本と貿易をなさっていた頃に書かれた物語のようでございます。ところどころ歴史的資料とズレがございますが、作為的なものかは判別いたしかねます』

『書き手は、ユナリヤ・ヴィアレット・アタリ。貿易商ヴィアレット3番目のお嬢様でございます』

 書き手の名前にその場の誰もが驚いた様子で顔を見合わせました。特に私は自分の名前の一部を先祖に見つけ、不可思議な縁を感じずにはいられませんでした。

『登場する人物は複数ございますが、ほとんどがヴィアレット家に関係する商人、使用人、そして一族の護衛を担っていた傭兵集団Calcesたちとの日常を描いたものでございます』

 私たちの屋敷に「Marchia」という護衛チームがあるように、ヴィアレット家は家々に私兵組織を持っており、それぞれに名前が付けられています。そして当然、それらを統括する組織があり、本家を拠点として存在しているのです。

 それがCalces(ラテン語で歯車を意味する)と呼ばれる組織です。

「『カント』。この本、いつまでに翻訳できるかしら」

『お望みとあらば、明日にでも全て完了いたします』

「急がなくていいわ。見れば、何章かに分かれて書かれているみたいだし、何回かに分けて翻訳を・・」

 私は途中まで言いかけてから、しばらく顎に手を当てて考えました。

「いえ、せっかくだから屋敷の子たちにも聴いて貰いましょう。物語みたいだし、朗読会ができるのじゃないかしら」

 私のこの提案には、お兄様と他の執事・メイド達も諸手をあげて賛成の意を見せてくれました。

 そして数日後の夜、いつもはまばらな数しか集まらないラウンジは、仕事を終えたばかりの執事・メイド達が仰々しく席に着き、自分たちの知らないヴィアレットの歴史の物語を今か今かと心待ちにしていました。

 21時になると、ラウンジの中央の椅子に人形のように控えていた『カント』が口を開きました。

『題しましてカントの【ヴィアレット家と一族を護る者たち】のはじまりはじまり~。ぱふーぱふー』

 カントの抑揚のない声に集まった執事とメイドたちから拍手が起こると、彼女はゆっくりとした口調で物語を紡ぎ始めました。

 


ヴィアレット家豆知識

ヴィアレット家に仕える執事・メイドは世襲・スカウト・試験によって選ばれるが、全くの無関係者が選ばれることはない。彼らは全て、過去何かしらの形でヴィアレット家に貢献した者の子孫である。

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