20:真実は白日の下に
――黒と白の鱗粉が火花を散らすように弾け飛ぶ。
迫ってくるのはレイカだ。気を抜くと怖じ気づいてしまいそうな程に凶悪な形相で私に喰らい付いてくる。
レイカのブレードは光を纏い、神々しいまでに輝きを放っていた。その刃が私を切り裂こうと迫る。
光の凶刃を弾くのは、私の素手。
黒の鱗粉を纏った素手は、光を蝕む闇のように刃を通さない。
弾いて。
受け流して。
横から殴りつける。
まるで踊るかのように私とレイカは何度も交差する。
(くっ、それにしてもしつこい!)
執拗に攻め込んでくるレイカに対して、思わず心の中で愚痴を吐いてしまう。
やはり武器があるのとないのとじゃリーチが違い過ぎる。どうしても防戦一方になってしまう。
体勢を立て直したくて距離を取ろうとしても、すぐにレイカが距離を詰めて向かってくる。
「アユミィ――ッ!」
私の名を呼ぶレイカの叫びには、憎しみとしか思えない感情が込められていた。
叫びと共に迫った一撃を受け流しながら、私は堪えきれない憤りと共に叫び返す。
「何なのよ、レイカ! 私は、そこまで貴方に憎まれる覚えはないわよ!」
どうしてレイカがこんなにも私に執着し、憎んでいるのかさっぱり理解出来ない。
かつて共に笑い合っていた面影は、もうそこには感じられなかった。
私も変わった自覚はあるけれど、それは自分の変化だから受け止められる。
でも、レイカの豹変には見当も付かない。
理由もわからないまま憎まれて、憤りをぶつけられている。そんな状況をすんなりと受け入れられる程、私は大人じゃない。
けれど、そんな私の憤りも知らないとばかりにレイカが叫ぶ。
「貴方が悪いのよ、アユミ!」
「何ですって……?」
「貴方が全く新しい蝶妃で、黒揚羽の女王? トワ様と同格? ずっと候補生で留まっていて、蝶妃にもなれなかった貴方が!? そんなの間違っているのよ!!」
レイカが振るった光の刃が頬を掠めた。鋭く刃先によって、頬から血が流れていく。
「間違いは正さなきゃいけないのよ! 正しい在り方に! だから、私は貴方を負けさせなければいけない!」
返す刃を振り上げて、私を袈裟斬りに斬り捨てようとするレイカ。
その振り下ろされた刃を咄嗟に避けようとして、私はその場に踏み止まった。
このまま逃げ回っていても勝機は見えない。それなら、危険なのを承知でチャンスを掴み取るしかない。
(タイミングは間違えられない……!)
呼吸を止めて、光の刃が迫るのを睨む。
集中力が高まったおかげなのか、その動きがスローモーションに見えた。
そして、見出した一瞬の勝機。少しでもずれれば自分が斬り捨てられるリスクに竦みそうな身体を叱咤して、手を前へ。
(――取ったッ!)
私の手が、レイカの光の刃を片手で掴んだ。
鱗粉によって染められた手は光の刃をものともせずに、そのまま抑え込む。
「なっ、しまっ――!?」
「――貴方に何を言われようとも! 私は今の自分を譲るつもりはないッ!」
文字通り、ようやく掴んだチャンスだ。あとは我武者羅になって、もう片方の腕で思いっきりレイカを殴りつけた。
咄嗟に盾を掲げて私の拳を受け止めるレイカ。その盾に衝撃が走り、一気に罅が入っていく。
私の拳が触れた部分から鱗粉が盾へと纏わり付き、侵蝕していくように染みこんでいく。
「盾が……! これが、黒揚羽の……!?」
「このまま、ブチ抜いてぇッ!!」
武器だって壊すことが出来るのが私の異能だ。
それなら盾だってブチ抜ける筈だ。そのまま力を緩めず、レイカへと叩き付けた。
私の力に侵蝕され、既に罅が入っていた盾が砕ける。
盾で勢いが殺されながらも、私はこの戦いが始まってから初めてレイカの身体に触れることが出来た。
胸の中心を穿つように私の拳がレイカに突き刺さり、レイカが息を吐き出しながら後ろへと吹っ飛んだ。
勢い良く地面を転がりながらレイカが離れていく。
その間に私は体勢を立て直して、呼吸を整える。まだレイカはブレードを手放していない。一撃を入れることは出来たけれど、まだまだ全然浅かった。
(でも、まだ戦える。むしろ、勝てると思う)
盾は砕いた。なら、次は武器も砕けば良い。
レイカだって、私が武器破壊を狙うことをわかっているだろう。でも、警戒して余計に集中力と体力を使ってくれるなら好都合だ。
黒揚羽の異能は遠距離攻撃に使える異能ではないけれど、それなら迎撃にだけ集中して戦えば良い。
(それに、黒揚羽の異能は紋白の異能に比べて消費が少ない。これも利点になってる)
意識して異能を使ったからこそわかった感覚。
鱗粉を身に纏い、それを固めて使う黒揚羽の異能は他の異能のように鱗粉を消費しない。
それは事前に言われていたことではあったけれど、実際に体感してみると、鱗粉を消費しないことの利点がよくわかる。
攻撃に転じる手札は少ないけれど、耐え抜くことが出来れば私の有利になる訳だ。
(ただ、相手はレイカだ。少しでも油断すれば、その隙を突かれて逆転されかねない)
だから決して侮らない。確実に勝利を手繰り寄せてみせる。
そう重いながらレイカを見ていると、レイカはブレードを支えにして起き上がったところだった。
「……どうして」
「……何?」
「どうして、いつも貴方はそうなのよ……」
「レイカ……?」
レイカは俯いたまま、ゆらりと身体をよろめかせた。
その異様な雰囲気に私は思わずレイカの名前を呼んでしまう。
「そう、そうよ……いつだって貴方はそうだった。あっさりと私の想像を超えていって……」
俯いていたレイカが、ゆっくりと顔を上げる。
顔を上げたレイカの表情を見て、私は思わず息を呑んでしまった。
レイカは泣いていた。まるで、切なくて、苦しすぎて、思いに溺れてしまいそうな表情だった。
「当たり前みたいに、何でもこなさないでよ。じゃないと、じゃないと!」
レイカの表情が歪んで、苦悶に身を震わせている。
その変化に私は心が追い付かず、ただ呆然と眺めることしか出来ない。
「……そうよ、もっと力があればいい。もっと力さえあれば、そうすれば私は――ッ!」
レイカのお腹に浮かんでいた刻印が淡く光を放つ。
更にその色を濃くして、その身に深く刻むように。
「私は貴方より強い、貴方より上にいる。そうじゃないと! 何もかも全部意味がなくなっちゃうからッ!」
「レイカ……?」
「もっと、力を寄越しなさいよォ! もっと、もっと、もっとォ!」
「レイカ!」
レイカの目が正気を失っていく。そんな彼女に私は思わず駆け寄って手を伸ばしてしまう。
私たちの距離が近づき、レイカが私の方へと視線を向ける。すると、彼女は戦いの最中とは思えない仕草で小首を傾げた。
「……貴方……誰……?」
「え……?」
「これ、誰の、声だっけ……? わからないの……でも、わかるの……! 貴方にだけは、貴方にだけはぁッ!」
私が戸惑っている間にレイカの瞳には不穏な光が宿り、叫びながら私に向かって来た。
さっきまでの彼女とは一切違う様子、繰り出された一撃は私の反応を少し上回った。
防御が間に合わなくて肩から脇にかけて刃が掠る。熱が痛みと共に広がり、血が流れ落ちていく。
「くっ……!」
「そうよ、追い付かないといけないのよ……! じゃないと、置いていかれるからぁ!」
「レイカ、何を言って……!」
「強くならないといけないの! 誰よりも! 何よりも! 弱いと何も出来ないから! あぁ、そうだ、そうだった! だから力が欲しいの! もっと、もっと力を! 強くなるから、私は強くなるからァ!」
返す刃で私を貫こうとするレイカ。それを手で握り締めるように受け止める。
鱗粉で武器を侵蝕しようとするけれど、レイカの纏わせた光が私の侵蝕を拒んで火花を散らす。
至近距離で睨み合っていると、レイカが顔を歪めて叫ぶ。
「だから、置いていかないで……!」
「レイカ……?」
「あぁ……! 嫌、嫌! その色は嫌! 見ていると怖くなるの! その色も、その目も、全部が怖いの! だから染まってよ、全部真っ白に! 何もかもォッ!!」
無理矢理押し込まれそうになったので、受け流して体勢を整えるために距離を取る。
距離を取った後、すぐに顔を上げる。視界に移ったのは苦しげにしながらもブレードを構えるレイカ。
「レイカ……どうして、こんなことに」
あまりにも彼女が辛そうで、その異様な様子に呟いてしまう。
その時だった。脳裏に聞き覚えのある声が響いたのは。
『――本当に心当たりがないの? 貴方にだって覚えがあるでしょう?』
その声をどこで聞いたのか。
声は、私の声によく似ていた。まるでもう一人の私が喋っているかのようだ。
あぁ、私はこの声が何なのかを知っている。知っていたからこそ、レイカの異様な変化に心当たりが浮かんでしまった。
私の視線はレイカではなく、私たちの戦いを見つめているトワへと向いていた。
トワは私と視線が合うと、薄らと笑みを浮かべて小首を傾げた。それはまるで、どうするの? と問いかけるかのように。
そんなトワの仕草を見て、私は思いっきり歯ぎしりの音を鳴らしてしまった。
(……トワ。貴方はこうなるって、全部わかってて許したんだ)
レイカに何が起きたのか?
それは自分の身にも起きたことだった。
だからこそ、心が震え出す。
「……お前か」
私はトワからレイカへと視線を戻す。
レイカは目をギラギラとさせていて、いつでも斬りかかってきそうだ。
そして、私が注目したのはレイカの表情ではなく、今も光を放って色を濃くしているレイカの刻印だ。
蝶妃は、候補生から蝶妃になると人が変わると言われていた。
私もそうだった。目覚めてからの私は、今までの私とは少し違っている。
その理由は、心当たりに行き着いてしまえば簡単なことだった。
「お前が、レイカを塗り潰したのか――ッ!!」
――〝
それは人を蝶妃へと目覚めさせ、その人格にすら影響を及ぼすもの。
レイカが変わってしまった原因は、そこにあったのだ。
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