19:決別のための対峙

「レイカちゃんと決闘する……!?」


 私がレイカと決闘することが決まったと伝えると、イユは目を見開いて驚いていた。

 マリアちゃんも驚きと戸惑いが半々、ヨツバちゃんに至っては憤った様子を見せている。


「何なんですか、あの人は! なんでこうもアユミさんに喧嘩を売ってくるんですか!?」

「色々とあるんだろうね」

「アユミさんもなんでそんな落ち着いているんですか!?」

「レイカがこんなことを言うのも不思議じゃないし、ある意味で良い機会かと思って」

「……良い機会?」

「レイカの他にも私に対して思うところがある紋白の蝶妃は多いだろうからね。ここで私が新しい女王になるんだと思い知らせるには丁度良いんだよ。そのつもりでトワも許可を出したんでしょうしね」


 私がそう言うとヨツバちゃんが何とも言えない表情を浮かべた。それから絞り出すような声で問いかけてくる。


「……じゃあ、トワ様はレイカさんが負けてもいいってことですか?」

「負けても良いのが半分、あと私を試すのが半分かな。あの人が考えそうなことだけど」


 トワはただ面白いことになれば良いと思ってるだけなのだから、本当に腹立たしい限りだ。そこに私やレイカの気持ちがどうであろうとも考えないし、知った上でもやってくるだろう。


「今更レイカに対して思うところはないし、これからの為になるならこの提案を呑むべきだと思ったのよ。ここで私が新しい女王であることを皆に認めさせたらヨツバちゃんたちの立場も良くなるしね」

「私たちのためですか?」

「私自身は別にどう言われようとも構わないけれど、皆は各派閥からお預かりしている子だしね。将来、眷属になるかもしれない子も守れないような女王なんて頼りないでしょう? だから皆を守るためにも受けておきたいんだ、この決闘は」

「……アユミさんがそう言うなら良いですけど」


 ヨツバちゃんは不承不承といった調子で唇を尖らせている。

 マリアちゃんは前髪で隠した瞳でジッと見つめてきているようだけど、何かを言ってくるような気配はない。


「……アユミちゃん、大丈夫なのよね?」

「うん。大丈夫だよ、イユ。だから心配しないで」


 どこか不安そうにイユは私に問いかけてくる。

 心配はしないで、と返しつつも心中は複雑だ。けれど、その複雑さもかつての名残だ。

 惜しんだところで私とレイカの関係が修復される訳でもないし、この決闘がなくなる訳でもない。


 きっと、私たちには決着が必要だったんだ。変わり果ててしまってから捩れ曲がっていた私たちの関係、その清算のためにも。

 気付けば拳を握っていたことに気付く。拳を握る力を息を吐き出すのと一緒に抜く。


(レイカ。貴方にどんな理由があろうとも、私のやるべきことは変わらないよ)


 だから、貴方に構っている時間はない。

 でも、もし問う機会があるのなら聞いてみたかった。

 どうして、そんなに変わり果ててしまったのかと。貴方にとって私とはなんだったのか。

 その思いが迷いになってしまわないように、私は丁重に蓋をするようにその感情から意識を逸らすのだった。



   * * *



 トワから報せを受けた次の日、すぐに決闘の場は用意された。

 決闘の場所に使われたのは訓練場の一つだ。周囲に観客がいるけれど、その多くは紋白の蝶妃たちだ。

 その紋白の蝶妃たちとは距離を取るように私と関わりのある他の派閥の蝶妃たちが集まっていた。


「アユミー! 負けるんじゃないぞー!」

「頑張ってねー」


 大きな声を張りあげているのはヒミコだ。その隣にはライカがにこやかな笑みを浮かべて手を振っていて、そんな二人をはしたないと言わんばかりに見ているキョウ。

 女王たちの傍にはイユ、ヨツバちゃん、マリアちゃんの姿が見えた。マリアちゃんは女王が傍にいるせいかガチガチに固まっているのが見えた。


「アユミさん、頑張ってくださいねー!」


 ヨツバちゃんもヒミコに負けじと応援の声を張りあげている。その隣に座っているイユは緊張した面持ちで私を見つめていた。

 そんな皆の様子を窺ってから、私は訓練場の中央まで進んで行く。そこには決闘の審判を務めることになったトワ、そしてレイカが待っていた。


「来たね、アユミ」

「えぇ」

「何か言っておくことはある?」


 トワからそう問いかけられ、私はレイカを見てしまう。

 レイカもまた静かに私を見据えていた。そこに動揺の色は見られず、ただ淡々としていた。

 そんな様子の彼女に、私も心がざわめくことはない。だから交わしたい言葉なんかも思い浮かばない。


「別に何も」

「そう。レイカは?」

「……アユミ」


 トワに促されたレイカがゆっくりと口を開く。そして私の名を呼んだ。


「私は貴方を認めない。貴方がいるべき場所も、纏うべき色も、その色じゃない」

「……言いたいことはそれだけ? それなら私に勝ってから言えばいいでしょ」


 認めない。あぁ、そうだ。ずっとあの日から私は貴方に認められる日なんてなかった。

 そんな貴方に認められたかったのかどうかさえも、もうわからない。ただ私は前に進みたかった。何かになりたかった。

 そして、私は蝶妃として目覚めて今の私となった。まだわからないことばかりだけれど、それでも果たさなきゃいけないことも見つけた。

 だから、私が進む道の先には――貴方はいないんだ、レイカ。


「貴方が認めなくて結構よ。私だって貴方に構っている暇はないから」


 決別のための言葉を突きつけるように告げる。

 するとレイカの表情が歪む。怒りで釣り上がった瞳が私を睨み付けてきた。


「……その目を」

「……何?」

「そんな目で、私を見ることは許さない……!」

「そんな目って……?」


 何故、レイカが怒ったのかさっぱり理解出来ない。私が一体、どんな目で見ているように彼女は受け取ったんだろう。

 疑問は浮かぶけれど、その前にトワが気にした様子もなく声をかけてきた。


「決闘、始めて良い?」

「……いいよ」

「私も構いません」

「では、位置について」


 トワに促されるまま、私たちは定められた位置に立つ。

 私は無手。レイカは取り回しやすい小型のブレード、そして盾を持っていた。

 互いに構えを取って睨み合い、それを確認したトワが片手を上げた。



「――始め」



 合図と同時にレイカが弓を引くようにブレードを構え直し、それを私へと突き出すように振るった。


「はぁ――ッ!」


 レイカが吐き出した呼吸と共に白い鱗粉が吐き出され、それが剣へと纏わり付く。

 鱗粉はキラキラと光を放ちながら光の槍へと姿を変える。そしてレイカの刺突に合わせて私へと向かってきた。


(――大丈夫、見えてる)


 自分の中に浮かんだ確信に導かれるまま、レイカの放った光の槍を素手で掴み取る。

 蝶妃候補生の頃の自分であれば間違いなく反応出来なかった。そもそも掴むだなんてことも無理だっただろう。

 光を掴むことが出来たのは蝶妃に覚醒して上がった身体能力と、そして目覚めた異能のお陰だ。私の手には鱗粉が纏わり付いて漆黒に染まっていて、掴み取った光の槍を強く握り込むとガラスが弾けるように霧散した。


(私はレイカが相手でも戦える)


 イユたちには自信満々には言ってみせたけれど、不安がなかった訳ではない。

 でも、それと同じ位に大丈夫だと確信していた私がいるような奇妙な感覚。実際に成し遂げてみせたからこそ、その感覚のズレが消えていく。


(これが、私に宿った力。〝黒揚羽〟の女王としての私だ)


 私が光を掴み取った光景を見ていた観客から息を呑むような声が聞こえてくる。

 声を上げたのは紋白の蝶妃たちだ。私が攻撃を防いだ手段を見て驚いているのかもしれない。

 そして驚いているのはレイカもだ。一瞬だけ目を見開き、私を凝視している。そんなレイカに向けて私は告げる。


「これで私を倒せると思ってるんだったら――全然足りないよ、レイカ」

「アユミ……!」


 武器がない以上、踏み込む隙がないと攻めに回れない。けれどレイカの遠距離攻撃には反応が追い付くし、攻撃も素手で弾けることもわかった。

 後はどうレイカを追い詰めていくかが重要だ。それならさっさと体力を使わせて隙を作らせた方が良い。そう思っていると、レイカが僅かに身体を震わせた。


「……見るな」

「は?」

「そんな目で、私を見下すような目で見るなァ、アユミィッ!!」

「見下す……? レイカ、貴方は何を言って――!?」


 私が言い切る前に、レイカが憤怒の表情で私へと踏み込んできた。

 振り下ろされたブレードを白羽取りで受け止めながら、私たちは至近距離で睨み合う。



「――認めない、認められない、認められる訳がない! 貴方が私を見下すなんて、私よりも上に立つだなんて! そんなことはあってはならないのよ、アユミィッ!!」

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