17:決意を固めて
「それじゃ、朝食を頂こうか。頂きます」
「頂きます」
「頂きまーす!」
「い、頂きます……」
三人を迎えた次の日の朝、私の提案で私たちは一緒に朝食を囲んでいた。
イユと話をしたことで心が落ち着いた。そうすると余裕が出てきたのか、イユとヨツバちゃん、そしてマリアちゃんの面倒を見なければならないという思いを新たにした。
まだ自分が女王であることを完全に受け入れられた訳ではないけれど、私の振るまいがこの三人への評価に繋がってしまうことを考えると、私がこの子たちを守ってあげないといけない。
あくまで彼女たちはまだ候補生であり、蝶妃ではないのだから。
「今日の朝食は三人で分担して作ってくれたんだよね?」
「えぇ、そうよ」
「主にイユさんとマリアちゃんがやってくれましたけれど!」
「わ、私なんて大したことは……イユさんが的確に指示を出してくれて……」
「仲良くやれそうなら良かったよ。私も皆と仲良く出来たら良いと思ってるから」
私が笑みを浮かべながら言えばイユとヨツバちゃんは笑みを浮かべてくれたけれど、マリアちゃんはまだ恐縮した様子でオドオドしている。
「何か不安がことがあったら言ってね。ただでさえ自分の派閥を離れて心細いこともあるだろうし」
「私は元々、蝶妃になるのに積極的じゃなかったから。それで少し浮いてたから今更よ」
イユは澄ました表情でそう言った。するとヨツバちゃんが目を軽く見開いた。
「えっ、イユさんって蝶妃になりたくないんですか?」
「色々あってねぇ。決心がつかないというか……」
「色々、ですか。私は蝶妃になりたいとは思いますけれど、正直これからどうなるのかなという気はしてますね。でも、アユミさんの下で蝶妃になるのは安心出来そうだな! って思います!」
「そうなの?」
「ほら、赤斑の蝶妃たちって職人や技術者になる人が多いので。私、そんなに手先が器用じゃないというか、大雑把だったからこのままで良いのかなぁ、とは思ってたんですよ」
少し恥ずかしそうに頬を掻きながらヨツバちゃんはそう言った。確かに赤斑の蝶妃たちは物作りを楽しんでいる様子だったけれど、必ずしも蝶妃になる子たちが物作りが好きになる訳でもないだろう。
「その点、アユミさんは人柄は信用出来ますし、これから色々と教えて貰えれば嬉しいと思います!」
「えぇ、私もまだまだ成り立てだから。一緒に成長していければ良いと思ってるよ」
「はい!」
ニコニコと笑みを浮かべながらヨツバちゃんは元気に返事をした。
「それじゃあ、マリアちゃんは?」
「ほぇぁ!?」
「あ、ごめん。驚かせちゃったかな?」
「い、いえ……私なんかに気を遣って頂く必要なんか……」
オドオドとした様子でマリアちゃんが視線を下げてしまう。視線を下げてしまえば完全に目が隠れてしまって、表情までわからなくなってしまいそうだ。
「四人しかいないんだから、マリアちゃんにだけ気を遣わないって言うのは無理かな。……私のこと、怖い?」
「い、いえ! そんなことは……! た、ただ、私なんかが機嫌を損ねる訳には……」
うーん。どうしても卑屈になっているけれど、これは性格だけの問題なのかな。
「それじゃあ、楽しくお話をしようか」
「え……?」
「まず、マリアちゃんの好きなことを教えてよ。どんなことが好きなの?」
「どんなこと……え、えっと、数字を数えるのが好きです……あと、本を読むのも……」
「へぇ、そうなんだ。今後、私も書類を提出したりしなきゃいけなくなったらマリアちゃんが頼りになりそうだね。私は勉強はそこまで得意じゃないんだ」
「あっ、は、はい……それぐらいなら……」
「じゃあ、マリアちゃんから私に聞きたいことはある?」
「き、聞きたいこと、ですか……?」
マリアちゃんの顔がゆっくりと上がって、わずかに前髪から綺麗な青い瞳が覗く。
「……ど、どうして」
「うん?」
「……貴方は女王なのに、私なんかに合わせようとするんですか……?」
どうして、と問いかけるマリアちゃんの目は真剣そのものだった。
身体こそ震えているけれど、その目はひたすらまっすぐだ。だから私も自然と背筋を伸ばしてしまう。
「私はまだ女王になって日が浅い。他の女王みたいに実績だってない。そんな私が出来ることと言ったら、女王としてではなく私自身を認めて貰うことが必要だと思ったから。だからマリアちゃんと向き合いたい。一人の人間として」
マリアちゃんは私の返答を聞いても目を逸らすことはしない。
その青い瞳は澄んでいて、まるで見透かされたようにすら感じてしまいそうだ。
「……私は」
「うん」
「……私も、貴方のことを知りたいと、今は、そう思います」
たったそれだけ。でも、それがマリアちゃんが私に心を開いてくれた証に思えた。
だから私はマリアちゃんに微笑んで頷いてみせた。するとマリアちゃんが慌てたように視線を逸らしてしまい、その瞳が隠されてしまった。
「貴方たちはまだ、完全に私の眷属という訳ではない。それでも必ず守ると誓うよ」
イユも、ヨツバちゃんも、マリアちゃんも。
私は心からそう思って口にする。それにイユは微笑ましそうに、ヨツバちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。目を逸らしたままのマリアちゃんも、小さく頷いてくれたのが見えた。
ここからで良いんだ。蝶妃として、女王として。私はもう一度、歩き始めるんだ。その思いを確かめるように、そっと目を閉じながら胸を撫で下ろした。
* * *
――その部屋は静寂に満ちていた。
部屋の中央には豪奢なベッドがあり、広すぎるベッドの中央には一人の少女が身を丸めるように眠っている。
少女――白菊トワはゆっくりと目を開き、気怠げな様子でその身を起こした。一糸纏わぬ身からシーツが落ちて、裸身を露わにしている。
しかし、その姿は見る者はいない。天蓋から降りてきているレースカーテンによって隠されているからだ。
「おはようございます、トワ様」
静寂に満ちていた部屋に声が響き渡った。
トワは何度か目を瞬きさせた後、眠たげな視線をそちらへと向けた。
「おはよう、レイカ」
「おはようございます」
トワは声をかけてきた少女――紫陽花レイカへとそう返してからゆっくりと全身を伸ばし始める。
暫し朝の目覚めが完全に訪れるまでレイカはジッとして黙っていた。
「――それで? 一夜明けたけれど、昨夜の提案は引き下げないつもり?」
ふと、トワが思い出したように問いかけてきた。
その問いに対してレイカは一瞬息を止めたものの、ゆっくりと息を吐き出しながら頷いた。
「私は、ガーデンの秩序はトワ様の下にあるべきだと考えています」
「ふぅん」
「ですから――このまま苧環アユミを放置すべきではない。その考えを撤回するつもりはありません」
「そう」
興味なさげにトワはそう言って、ゆっくりとベッドから這い出た。
ベッドから出てきたトワにすぐさまレイカが手に持っていた服を着せていく。レイカによっていつものドレスに着替えたトワは、閉じていた目をゆっくりと開く。
「いいよ、私からアユミに話しておく」
「……ありがとうございます」
「けれど、覚悟は出来てるんだよね?」
「……私は、貴方様に最後までお仕えしたく思っております」
「そう。――負けたら全部失ってもいい、そこまでの覚悟あるなら好きにすればいいよ」
トワはそこでようやくレイカへと視線を向けて、楽しみを見つけたような笑みを浮かべた。
「――もう一度、アユミを紋白に落としたいなら。えぇ、精々頑張ってみなさい?」
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