15:再会と出会いと

「マガツノカブト……これが、角?」

「あぁ、これが頭にくっついてたんだ。で、全体はもっとデカい」

「……想像が出来ない」

「あぁ、したくもないがな。他の女王が犠牲になったとはいえ、よくトワもこんな怪獣みたいな鎧蟲を倒したもんだよ」


 女王が三名、実質的に命を落としながらも倒すことが出来た巨大な鎧蟲。

 私の見ていた世界はまだまだ狭かったのだと思い知らされるのには十分な迫力だった。思わず唾を飲み込んで角を見つめてしまう。


「流石にこれだけデカイ鎧蟲だけあって、角もバカじゃないのかと思う程には固くてな。加工に時間がかかりすぎるんだ。だから新しい手法が思い付くまで保管されてたんだよ」

「なるほど……」

「そこに現れたのがアユミ、お前だ。並の鎧蟲で作った装備だとぶっ壊してしまうお前だが、この大物ならどうだろうな? 試してみてくれ」

「試すって……壊したらどうするの?」

「端っこで試してくれよ! ほら、早く!」


 ヒミコに促されるまま、私は大角の端に触れるように手を伸ばす。

 意識を集中させながら息を吐き、手を黒く染めていく。そして撫でるように角に触れると、恐ろしい程に固い感触だった。

 そのまま角に手を当てて武器を持つ時のような感覚に近づけていく。少し欠ける程度なら、と思って表面をなぞるように触れる。


「……どうだ?」

「……これを壊すのは骨が折れるかも。全然削れる気がしない」

「そうかそうか! なら、これでアユミの専用装備を作るなら問題ないってことだな!」

「でも、これをどうやって武器に加工するの?」


 私がそう問いかけた瞬間、ヒミコが笑みを浮かべた。彼女が息を吐き出すと、そこから溢れた鱗粉が彼女の手の中に集まっていく。

 鱗粉に火がついて、炎の球となる。ヒミコはそれをどんどん圧縮していき、見ているだけで汗が出てきそうな、目に痛い程の光を放つ炎の球へと変えていく。


「これで削るんだよ。地道にな」


 手を払うように振ると、炎の球が霧散するように消えていく。上がっていた温度がその名残を残している。

 これが赤斑の女王が出す炎。なんて綺麗で、それ以上に恐ろしい。まるでその手の中に小さな太陽が現れたようだった。


「形は削り出せても研磨出来るかとなると、今までそこが問題だった訳だ。棍棒みたいに振り回すのも芸がないだろう?」

「まぁ、それは確かに……?」

「だがな! そこでお前だ、アユミ!」

「私?」

「お前から回収した鱗粉を加工して研磨材にしたら、この大角だって研磨出来ることがわかったんだ!」

「へぇ……私の鱗粉ってそんなことに使えたんだ」

「あぁ。圧縮してひたすら固めていけば防具にも転用出来るかもしれねぇが、前に貰った何百倍の量が必要だな」

「……勘弁してよ」


 研究材料として私の鱗粉をヒミコ、それからライカに分けたけれど、その時のことは思い出したくない。

 いくら吐いても足りないとせっつかれ、疲労困憊になるまで鱗粉を吐き出すことになった記憶はしっかりとトラウマになってしまっている。

 またあれをやって欲しいと言われただけで吐き気が込み上げてきてしまいそうだ。


「よし! それじゃあ早速形を仕上げていくぞ! アユミも付き合え!」

「えっ」

『はい、ヒミコ様!』

「えっ?」

「お前の専用武器だからな、お前に合わせて作らないと意味がないだろう?」


 ヒミコにがっしりと掴まれた肩、その力強さに私は本能的に逃げられないのを悟るのだった。



   * * *



 キョウの授業、ライカとの衣装合わせ、ヒミコとの武器作り。

 休む間もなく慌ただしく過ぎていく日々にぐったりするようになったある日、珍しく私に過労を強いてきた三人が私に宛がわれた部屋へとやってきた。


「へぇ、ここがアユミの部屋か。女王の部屋にしては質素だな」

「ここはあくまで仮住まいです。アユミの部屋は用意させてるところです」

「ふふ、そちらも黄立の蝶妃たちが頑張ってくれてるから楽しみにしててね?」

「私としてはこの部屋で十分なんだけど……」

「ダメですよ」

「ここだって余ってただけの部屋なんだから」

「女王の住む部屋じゃねぇよ」


 三人にすぐさまダメだしをされてしまうけれど、私としては十分に快適なのだけれど。

 少しだけ息苦しいのは、私の世話係として次々と人がやってくることだ。忙しいのもあるけれど、この部屋にいても寝てご飯を食べるぐらいにしか使えていない。


「それで、今日は三人揃ってどうしたの?」

「今日は貴女の眷属候補になる子たちを連れてきた」

「今までアユミ専属の世話係も決まってなかったしな」

「特例で候補生のままガーデンに上がるのだから、各派閥から厳選して一人ずつ連れてきたわ。流石に紋白からは人は来ないけれど」

「……流石に紋白から来られても困る」

「そりゃそうだ。お前が紋白から抜けたようなものだし、別にいいだろ」


 ヒミコが軽く笑いながら私の肩をバシバシと叩いてくる。

 ついに眷属候補となる子が来てしまったと、私は少しだけ憂鬱なのだけれども。


「それじゃあ紹介するわね。皆、中に入っていいわよ」


 ライカがそう言うと、部屋の中に入って来たのは三人の少女。その三人の中に知っている顔を見かけて、私は目を見開いてしまう。


「イユ! ヨツバちゃん!」

「久しぶり、アユミちゃん」

「アユミさん、お元気そうで何よりです!」


 イユはどこかホッとしたような表情で、ヨツバちゃんは無邪気に私に笑みを向けてくれた。


「どうして二人が……?」

「この二人がアユミの知り合いと聞きまして、相性を鑑みて派遣することを決めました」

「黄立からは加密列かみつれイユを黒揚羽に」

「赤斑からは白詰しろつめヨツバを派遣するぜ」


 それぞれの女王から紹介を受けたイユとヨツバちゃんは背筋を伸ばして、表情を引き締めていた。

 まさか、この二人が来てくれると思わなかった。確かにまったく知らない子だと息が詰まってしまいそうだったけれど……。


「二人とも……良かったの? 自分の派閥を離れちゃうかもしれないんだよ?」

「私が望んだことよ。それに候補生のまま、ガーデンに上がれるなんてお得でしょ?」

「私はアユミさんに命を救われた恩義がありますので!」


 そう言って笑みを浮かべてくれるイユとヨツバちゃんに思わず涙腺が緩みそうになった。

 いきなり生活が変わって、私も参っていた部分があったのかもしれない。そこにイユとヨツバちゃんが来てくれて、少しだけホッとすることが出来た。


「青蜆からはアユミと知り合いという訳ではありませんが、こちらは白詰ヨツバと仲が良く、アユミとの相性も良いだろうと思って選んだ子をお連れしました」

「……は、初めまして。黒種くろたねマリアと申します……」


 そう言ってイユとヨツバちゃんの後ろに隠れるように小さく縮こまっていた女の子が挨拶をしてきた。

 目が隠れてよく見えないほどに伸びた前髪。その髪の色は淡く白っぽいブロンドだ。恐らく人類の手から離れた大陸に住んでいた人の血が入っているんだろう。


「初めまして、マリアちゃん。私は苧環おだまきアユミ、一応、貴方の上司になるのかな?」

「ヒッ……! よ、よろしく、お、お願いします……」


 何故か私が手を差し出しただけでとても怯えられてしまっている。

 どうしたものかと、派閥の女王であるキョウと知り合いというヨツバちゃんの様子を窺ってみる。

 キョウはいつものように澄ましているし、ヨツバちゃんはギュッと拳を握りながらマリアちゃんを応援しているようだった。なんだこれ。


「とりあえず、握手しようか?」

「……わ、私の手、千切れないですよね?」

「はい?」

「も、紋白の候補生たちが、そう言ってまして……」

「あー……大丈夫だよ、ほら」


 私はマリアちゃんの手を取って、優しく握手をする。

 するとマリアちゃんがハッとした表情で顔を上げる。わずかに覗いた瞳はとても綺麗な青色の瞳をしていた。


「ほら、千切れないでしょ?」

「そ、そうです、よね。あ、あぁっ! わ、私、凄く失礼なことをっ」

「大丈夫だよ。ほら、深呼吸をして」

「……すぅ……! すぅ……っ、ひっ……!」

「吐いて吐いて! 吸うだけじゃ駄目だって!」


 何とか深呼吸をさせながらマリアちゃんを落ち着かせる。ふと、その様子を見ていたキョウが何度も頷いているのが見えた。


「やはり、私の見立てに狂いはなかったですね」

「これが!?」

「上がり症なところはありますが、決して悪い子ではないので。どうか貴方の下で成長させてあげてください」

「そ、そうなんですよ! マリアちゃんは頭が凄く良いし、とても優しいし、候補生としても劣ってる訳じゃないんですよ! ただ団体行動と人と接するのが苦手なだけで!」


 ヨツバちゃんもマリアちゃんの後ろに回って必死にアピールしてくる。

 ……まぁ、最悪ヨツバちゃんかイユに押し付けよう。ヨツバちゃんは友達だし、イユだって物腰が柔らかいから上手に会話してくれるだろう。

 そう思ってイユを見ると、私の内心を悟ったかのように苦笑していた。頼れるべきは分かり合える友達だよね!


「まぁ、とにかくよろしくね? マリアちゃん」

「は、はぃぃ……!」




 

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