14:日々は忙しなく過ぎていく

 〝黒揚羽〟の女王。それが私に与えられた称号。

 新たな女王になることが決まった私は、今までの生活とは一変した生活を送ることになっていた。


「――聞いていますか? アユミ」

「も、もう、無理……頭が、パンクする……」

「……仕方ありません。授業はここまでとします」


 机に突っ伏す私に対して、呆れたように言い放ったのはキョウだ。

 青蜆の女王として君臨する彼女は常日頃から多忙を極めている。何故、彼女がそんなにも忙しくしているのか。その理由は頭を酷使するほどの授業の中で知ることとなった。


 青蜆の蝶妃たちは、ガーデンの行政を司っている。

 それ故にこなさなければいけない仕事は膨大になり、その統括を行っているのがキョウなのだ。

 青蜆の蝶妃たちが黙々とガーデンの行政を行ってくれているから、他の派閥は思うままに生活することが出来ているのだと言う。

 そんな青蜆の女王であるキョウが時間を割いて私に授業してくれているのだから、それはありがたいことだと思うのだけれど、キョウは厳しいんだよ……。


「アユミは蝶妃になる際に身につける基礎知識の他にも、女王として知っておかなければならないことが幾つもあります。今後も私が暇を見つけては授業を行うつもりですので」

「……ふぁい」

「返事はしっかりとするように」

「……はい」

「それに、そんな調子ではこの後に待っているライカに振り回されますよ」


 キョウがライカの名前を出した瞬間、私は更に気力を失ってしまった。

 そして噂をすればなんとやら、扉を勢い良く開けてライカが中へと入ってきた。


「アユミちゃーん! お着替えの時間よー!」

「また着替えるの……?」

「当たり前よ! これから女王として相応しい衣装を身に纏わなければいけないのだから! そのデザインを考えるのは女王として大事な仕事よ!」

「この前、いっぱい服を着て見せたよね……?」

「今日は別の系統よ!」

「そうですか……」


 ウキウキとした様子でライカが私の腕を取った。私は引き摺られるままにライカに引っ張られていく。

 咄嗟に縋るようにキョウを見てしまうけれど、キョウは何事もなかったように私を見送った。


「それでは、また次の日に。次回は今日の復習から行いますので、忘れないように」

「……はい」



   * * *



「うーん……これも良いけれど、やっぱりこっちの方が……」

「ライカ様! こちらはどうでしょうか!?」

「いいわね! 試してみましょう! さぁ、アユミちゃん!」

「……はい」


 私はライカを含めた黄立の蝶妃たちに囲まれて、さっきから何度も何度も着替えさせられていた。

 その度に写真を撮られたり、その場でデザインを描くから動くなと言われたり、キョウとの授業とは別の意味で疲労困憊になってしまう。

 それから何度めかの着替えが終わり、着せ替え人形にも休憩の時間を貰えることになった。ソファーに横になってしまいたい衝動を堪えながら死んだ眼で虚空を眺める。


「……ご苦労様だな、アユミ」

「あっ、メグミさん」


 蝶妃候補生だった頃、私たちに授業をしてくれてたメグミさんが労るように私へと声をかけてきてくれた。

 私を見るその目は憐れなものを見るような目だったけれど、すぐにそっと溜め息を吐いてからキャイキャイと盛り上がっているライカと蝶妃たちへと向けられる。


「大変だと思うが、ライカ様たちのためにも耐えてくれ。何せ新しい女王を象徴する衣装を作り上げるのだからな。そのデザインを考えるのにも力が入るというものだ。お陰で服飾を担当している者たちが連日、徹夜しそうになるのを諫めるこちらも大変なのだ」

「はぁ……そういうものなんですか?」

「蝶妃が如何に服装が自由に許されてるといっても、所属をわかりやすくするために在る程度デザインが固定されているからな。そこにまったく新しい衣装を考えていいと言われればこうもなるだろうさ。……おっと、もうアユミは女王になるのだから、このように元教え子として口を利くのも不敬に当たるかな?」


 メグミさんが不敵な笑みを浮かべてそう言う。その仕草が随分と様になるな、と思いながら私も口元を笑みの形に緩める。


「まだ正式に発表された訳ではないですし、メグミさんにはお世話になりましたから……」

「……ふむ。同じ派閥の子ならともかく、他の派閥の蝶妃に教え子だからといって畏まられるのは新鮮だな。蝶妃になった途端、態度を変える者が多いからな」

「……蝶妃ってそういうものなんですか?」


 蝶妃は同族には愛着を、そして自分と違う派閥の蝶妃に対しては忌避感を抱くようになるという。

 ヒミコはそれを蝶妃の本能だと言った。自分の刻華虫こくかちゅうを塗り替えられるというのは、それほどまでに蝶妃にとっては苦痛なんだろうか。


「ふむ……否定は出来ないが、やはり本人の気質にもよるだろうな」

「じゃあ、メグミさんも?」

「少なくとも他の派閥の蝶妃とは波長が合わないと感じることが多い。だから同じ派閥の子で纏まっているのが楽だよ」

「そう、ですか……」

「とはいえ、そればかりでは教育係も務まらないからな。私は候補生たちを相手にしてる方がまだいいさ。その点、まだ私を慕ってくれるアユミは私にとっては好ましい相手とも言える。このまま変わって欲しくないと思う程度にはな」

「……私も、変わってしまったとは思うんですけどね」


 少なくとも紋白にいた頃とは変わっていると思う。親友だと思っていたレイカは他人だと割り切るようになったし、憧れの人だと思っていたトワの人となりを知って決別してしまったし。

 かつての自分では選べなかっただろう選択が出来ている自分は、果たして今までの自分と同じだと言えるんだろうか?


「アユミ。変化とは成長するということでもある」

「……成長」

「変化が単なる変質なのか、それとも成長した結果なのか。それを決めるには様々な要因がある。自分への理解と自覚、そして周囲からの評価。それらが鬩ぎ合い、人は己を形作るのだ。蝶妃の派閥でさえ、己が何者であるかの証明の一部でしかない。だから、お前はお前の思うままに自分を探せば良い。その変化の是非はお前が決めなくてはいけないのだ」


 厳しく諭すように、けれど大事なことを教えてくれる。

 あぁ、メグミさんはずっとこんな人だった。それはメグミさんがそうあろうとしているから、メグミさんはメグミさんのままなのだと思えた。


「……私は、私らしいままですか?」

「少なくとも、お前は私にとってはまだ教え子のままだよ」

「……そうですか」

「とはいえ、それでもアユミは女王になるのだ。やはり私も気軽に接して貰えた方がありがたい。女王に敬語を使わせているのは流石にな」

「……わかったよ、メグミさん」

「あぁ、それでいい」


 メグミさんが微笑を浮かべながらそう言ってくれたことに、私は肩の力を抜いて微笑むことが出来たのだった。



   * * *



「待っていたぞ、アユミ!」

『お待ちしておりましたァ!』


 長いライカとの衣装合わせが終わった後、私が向かったのはヒミコの元だった。

 ヒミコは私が来ると腕を組んで待ち構えていて、その左右には赤斑の蝶妃たちがポーズを取りながら私を出迎えてくれた。

 その笑顔は私に色々な衣装を着せて楽しんでいた黄立の蝶妃たちと同じに見える。これだからこだわりにうるさい職人という人種は……!


「それじゃあ早速、始めるぞ! お前等、準備しろ!」

『はいッ!』


 ヒミコの号令で赤斑の蝶妃たちが凄まじい速度で駆け回る。

 私がヒミコたちと何をしているのか。それは私のための専用武器を作るためのデータ取りだったり、試作品のテストだったりだ。

 今のところ、私が異能を使ってしまうと武器が一発で壊れてしまう。それをどうにかして防ぎ、私の専用武器を作り出したいという話なのだ。


「また壊すかもしれないけれど、良いの?」

「良いんだよ。むしろぶっ壊してくれた方が新しい問題点が見えてきたってことだ。へへっ、問題が難しい方が燃えてくるぜ! ただ量産品を作るだけより、ここ最近のうまくいかない日々の方が楽しいぜ……!」

「……ヒミコ、ちゃんと寝てる?」

「おう。医療班を担当している黄立の連中が見回りに来てるからな。消灯時間を過ぎるとキョウの奴に密告されて、消費した資材の分の請求が回ってくるんだ……! 恐ろしいぜ……!」

「いや、ちゃんと寝なよ……」

「大丈夫だ。キョウにはバレないように上手くやってる」

「それ、私に言っていいの……?」

「お前のためにやってやってるのに!?」

「私のために身体を壊されても困るし、そもそも規則を破らないでよ!?」


 私は思わず溜め息を吐きながらヒミコにそう言ってしまう。

 最初はただのブレードだったのが、その次から試作品として作ったけれど実戦には使われていないというゲテモノ武器まで持ち込まれるようになった。

 ずっと倉庫の肥やしになっていたって話だけれど、私は廃品処理のために試験をしている訳ではないと思ったことは一度や二度ではない。本当に何を考えて作ったのかわからないものまであったし。


「でも、驚きだったな。蝶妃の武器って鎧蟲の甲殻を加工して作られてたなんて」

「候補生には伏せてる内容だったからな。でも考えれば当然だろう? かつての旧文明の兵器が効かなかった鎧蟲の甲殻をブチ抜ける武器だぞ? 素材に鎧蟲を使うのは理に適ってるだろ?」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

「甲殻の他にも鎧蟲はガーデンを動かすための資材になるからな。だからこそ遠征班の仕事が重要なんだが……」

「だから鎧蟲の破損が少なく討伐出来る紋白が遠征に向いてる、ってことだよね?」

「あぁ。私たちの炎は甲殻まで余計に焼いてしまうし、黄立の雷も似たようなもんだ。青蜆はそもそも遠征に行くよりも大事な仕事があって、そうなるとやっぱり紋白が良いって話になるんだよな」


 それはキョウとの授業でも習ったことだ。紋白がどんどん大きな顔をして振る舞うようになった理由がよくわかる。


「まぁ、その話はいいだろう。それよりも今日、お前に試して欲しいのはまだ武器に加工する前の素材だ」

「加工前?」

「加工するのも難しくて放置されてたものだな。かつてトワが倒したクソ厄介な鎧蟲の一部だ」

「ヒミコが厄介だって言うほどの鎧蟲……?」

「あぁ。トワを含めた女王総出でなんとか倒した化物だ」

「それってヒミコたちが?」

「違う、私たちの先代だ。その鎧蟲との戦いで先代の赤斑と黄立の女王が死んだ。青蜆の女王が辛うじて生き延びたが、キョウに後を引き継いで亡くなった」

「……それっていつの話?」

「何十年前だったかな……二十年ぐらい前か?」


 二十年前。そんなの私が生まれるよりももっと前の話だ。

 ヒミコたちは十代の後半ぐらいにしか見えない。それなのに少なくとも二十年以上は生きているってことだし、トワに至ってはそれよりも前から女王をやっているということになる。

 それに女王が総出になって挑まないとダメだった鎧蟲なんて、まったく想像も出来ない。


「これは、その時にトワが討伐した鎧蟲――〝マガツノカブト〟と呼ばれた鎧蟲、その大角だ」


 そうして運ばれてきたのは、私の身長の三倍はありそうな巨大な漆黒の角であった。


 

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